5-17「塔へ」
5-17「塔へ」
「バカな! そんなことが、あるものか! 」
必死に報告をした兵士の言葉を、オプスティナド4世は最初、少しも信じなかった。
「辺境伯が、謀反だと!? しかも、ファンシェの鏡を破壊したなどと! 」
そうしている間にも、魔王軍の攻撃は着実に、ウルチモ城塞の内部へと届きつつあった。
飛んでくる石の量が増え、被害も大きくなっていく。
その場にいた魔術師たちが呪文を唱え、魔法で指揮所に石が直撃することを防いでいる様な状況だった。
少なくとも今の状況は、ファンシェの鏡が破壊され、その加護が失われたということが、真実であることを示していた。
「オプスティナド4世、少々、よろしいでしょうか」
信じることの難しい現実を前に、猛獣の様な唸り声を発していたオプスティナド4世に、アルドル3世がそっと耳打ちをする。
「私は、若いころ勇者殿を探すために旅をして回った冒険者でした。魔物との戦いにも慣れておりますし、今でも剣の鍛錬を怠っておりません。我がパトリア王国は着陣してより未だに戦功もありませぬ故、ここは、私の目で直接、真偽のほどを確かめさせていただきたく存じます」
「……。アルドル3世、やってくれるか。余は、ここを離れられぬが、貴殿の言であれば、信用に足りよう」
「お任せを。……それと、我が娘たちをお連れすることをお許しください。聖剣を失いし罪、少しでも晴らさせたく存じます」
「あい分かった。勇者殿の実の父親である貴殿の申し出だ、断れるはずもない」
「感謝いたします」
アルドル3世はオプスティナド4世から離れ、恭しく頭を垂れると、それからティアたち4人の少女とサムに目配せをした。
一方のオプスティナド4世は、やや冷静さを取り戻して矢継ぎ早に指示を発した。
「全力で戦うのだ! 全ての予備兵力に戦闘準備を取らせ、内城の守りを固めるのだ! 城壁に増援も出すぞ! それから、我が剣と鎧をここに! 」
指揮所の人々が事態に対応するために慌ただしく動き出す中で、アルドル3世も動き出している。
自身の剣を身に着け、鎧だけ身に着けて素顔をさらしていた頭部に兜を身に着け、それから、近くにひかえていた妻であり魔法剣士のステラ、パトリア王国近衛騎士団団長の騎士ガレア、宮廷魔術師のキアラ、そして4人の少女と1頭のオークを引き連れ、バンルアン辺境伯が反乱を起こして占拠したという、ウルチモ城塞の中心部にそびえる塔へと向かった。
「お父様。どうして、私たちも呼んでくれたの? 」
早歩きでどんどん進んでいくアルドル3世に後ろから追いついたティアがそうたずねると、アルドル3世は厳しい表情の中に少しだけ微笑みを浮かべた。
「お前たちが、役目をもらえなくて困っていたようだったからな。それに、塔の中で戦うなら人数よりも少数精鋭で、しかも、状況から言って魔物と戦った経験が豊富な味方がいてくれた方が心強い」
それから、アルドル3世は短く、「頼りにしているぞ」と言った。
アルドル3世はティアの方を振り返ることはなかったが、ティアは、少し嬉しそうになって、自分の旅の仲間たちの方を見て、「やるわよ! 」と言う代わりにウインクをして見せた。
バンルアン辺境伯が占拠したという塔に近づくにつれ、人類軍の混乱はより顕著なものとなっていった。
ファンシェの鏡による加護が失われ、魔王軍による攻撃が城塞の奥深くにまで届くようになったことに加えて、味方であるはずの人間が裏切ったというのだ。
流言飛語が飛び交い、無力な人々は逃げまどい、兵士たちは同士討ちまでする様なあり様だった。
アルドル3世に代わってガレアが先頭に立ち、8人と1頭はその混乱の中を突き進んでいった。
逃げ惑う人々を助け、逃げ道の方向を教え、兵士たちの混乱を収拾し、襲いかかってくる魔物は蹴散らした。
そうして一行は尖塔へとたどり着き、その内部へと進入した。
「動くな! 」
塔の内部へと入った一行を、鋭い声が制止する。
声がした方を見上げると、そこにはバンルアン辺境伯の姿があった。
そして、辺境伯の近くには何名もの兵士がおり、兵士たちは一行へ向けて、矢の装填された弩を構えている。
「バンルアン辺境伯! 」
ガレアが構えた盾に守られながら、アルドル3世はバンルアン辺境伯に向かって声を張り上げた。
「これは、いったいどういうことであるのか! 魔王軍との決戦の最中に、この様な裏切りを働くなどとと! これまで、ウルチモ城塞をよく守ってこられた辺境伯の行いとはとても思えない! 何が貴殿にこの様な蛮行を働かせたのか! 」
「ええい、白々しいぞ! 」
バンルアン辺境伯は、元々青白かった顔色を興奮で紅潮させながら、剣の切っ先をアルドル3世へ向けた。
「貴殿こそ、何たることをしてくれたのだ! 」
「何? 何のことを言っておられる!? 」
「貴殿の、娘のことだ! 」
バンルアン辺境伯は、剣の切っ先をティアへと向けなおし、非難する。
「貴様は! 自身が勇者であるなどと騙り、あまつさえ聖剣マラキアを失った! よくも、私を騙したな! お前のせいで、もはや、人類はお終いだ! 」
「んなっ!? な、なんでっ!? 」
ティアは、どうして秘密が知られているのかが思い当たらず、その場でたじろいだ。
そして、表情を険しくしながら身構える一行に向けて、バンルアン辺境伯は叫ぶ。
「魔物が全てを私に教えてくれた! 貴様はニセモノで、そして、本物の勇者はすでに「死んだ」とな! 勇者は、いないのだ! 私は魔王軍に降伏する! 魔物たちは、降伏すれば我が領地の民の生存を許すと約束してくれた! 私は、我が民への責任を果たさねばならぬ! アルドル3世、そして、ニセ勇者よ! 貴様らの犯した罪の大きさを悔いるがいい! 」
「ま、待ってください! 辺境伯、勇者は生きています! 本物の勇者なら、ここにっ! 」
ティアはサムが本物の勇者であるという秘密をバンルアン辺境伯に明かそうと試みたが、しかし、辺境伯はもはや、「ニセモノ」であるティアの言葉に耳を貸さなかった。
「ええい、聞く耳持たぬわ! 死ぬがいいっ」
そして、その声を合図として、バンルアン辺境伯の配下の兵士たちは一斉に矢を放った。




