5-14「不和」
5-14「不和」
その2つの軍勢はウルチモ城塞の南側、少し距離が離れたところに位置していたが、遠目からでも人間の軍隊とは違うということが容易に見て取れた。
容姿も、装備も違うのだ。
エルフの一団は、300名ほどの集団である様だった。
全員、魔術師が身に着けるローブを身に着け、深々とフードを被っている。
その集団がエルフだと分かるのは、指導者らしい人物はフードを外していて、その特徴的な長身と美しい容姿、そして細長く尖った耳が見えているからだ。
エルフは基本的に、人間とは行動を共にしない。
そのエルフに従えられた魔術師らしい集団もまた、エルフだろうと誰もが想像することができた。
ドワーフの軍団は、2000名ほどの規模があった。
こちらは、人間の軍勢と同じ様に鎖帷子や甲冑を身に着け、ハルバートや手斧と盾などで武装をしているから、その点では人間の軍隊とはさほど違いがない。
特徴的なのは、その背の低さと、肌の色だ。
ドワーフの背丈は人間の半分より少し上といった程度でしかなく、鎧の隙間からは赤い肌がのぞき、豊かな顎鬚をたくわえているのがよく見える。
その2つの異種族から成る軍勢がウルチモ城塞から距離を置いているのは、人間たちに警戒心を与えないためなのだろう。
やがて、2つの軍勢からはそれぞれ指導者らしい人物が1人ずつ前に出てきて、ウルチモ城塞の南の城門の前まで近づいてきた。
城壁上に集まった人間たちに向かって、ドワーフの戦士団の団長らしいドワーフが声を張り上げた。
小さな体のどこから出てくるのかというほど豊かな、少ししわがれた声だ。
「人間の戦士たちよ! 開門されたし! 我らドワーフの戦士団は、人間と共に魔王軍と戦うべくここへやってきた! ともに力を合わせ、戦おうぞ! 」
次いで、エルフの隊長の声が人間たちに届く。
頭の中に直接、だ。
どうやら、テレパシーのような魔法らしく、澄んだ男性の声が聞こえてくる。
「我らも、ドワーフの戦士団と同様、共に魔王軍と戦うべく参上しました。太古よりの古き盟約に従い、共に力を合わせて戦いましょう」
人間たちのざわつきが、より一層強くなった。
普段、ほとんど関わることなどない、ほとんど何も知らないと言っても過言ではない2つの種族の援軍を前に、どう対応したら良いのか分からない。
人々はみな、戸惑い、困惑していた。
現場にいた諸侯の1人が慌てて伝令を送り、事態をオプスティナド4世へと知らせた。
ウルチモ城塞の内城の城壁の上に設置された指揮所にいたオプスティナド4世はその知らせを受け取ると、その場にいた諸侯を集め、このエルフとドワーフの援軍をどう扱うべきかを協議した。
諸侯たちも戸惑っているという点では兵士たちと何ら変わりがなかったが、それでも決定を下さねばならないという立場上、様々な意見が出された。
素直に援軍を受け入れようという者もいれば、異種族のことなど信用できないから追い返せという意見もあり、また、彼らの意図を確認するために使者を送るべきだという意見も出された。
エルフもドワーフも、太古の神々の戦争では、人類と共に光の神ルクスの陣営に属し、共に協力して暗黒神テネブラエとその配下の魔王に率いられた魔物の軍勢と戦った間柄、戦友だった。
光の神ルクスの側が戦いに勝利した後も、共に戦った3つの種族は、もし魔王が復活し魔物による世界の侵略が開始されれば再び共に戦おうと誓い合った、盟友の関係にある。
だが、それは何千年も昔のことだ。
3つの種族の間に存在するとされる「盟約」を明文化した文章はどこにも残っていないし、そもそも、3つの種族はお互いに関わり合いになるようなことはなく、長い間、別々に暮らしてきている。
魔王が復活し、魔王軍が侵略を開始した。
世界の危機に対し、共に戦おうと呼びかけられても、実感の湧かない者がほとんどだった。
中には、強硬に反対意見を唱える諸侯もいた。
エルフやドワーフなど、魔物が化けているかもしれないから、絶対に城の中へ入れてはならないと言うのだ。
この論理は荒唐無稽なものだった。
魔物が化けているかも、というのなら、人間に化けていてもおかしくはないからだ。
だが、この意見には一定の賛同が集まった。
人間なら、魔物が化けていてもその仕草で見分けがつくが、エルフやドワーフなど、普段からほとんど関わりを持ったことのない種族の見分けはつかないというのが、その理由だった。
そして、オプスティナド4世は、この意見を採用してしまった。
「エルフやドワーフの力は借りぬ」
紛糾した議論ののち、オプスティナド4世はそう結論した。
「魔王軍と戦う力は、我々人間だけで十分に事足りておる。それに、他の諸侯が言う様に、我々人間では、エルフやドワーフに魔物が化けていたとしても見分けがつかぬ。ここは、守りの団結を崩さぬことが肝要だ。古き盟約があるからと言って唯々諾々(いいだくだく)と彼らを受け入れて、我ら人間の内に疑心暗鬼を招くことになってはならぬ」
エルフやドワーフの援軍を受け入れることへの反対派は決して多数派ではなかったが、人類軍の最高司令官としての地位にあるオプスティナド4世のこの決断に、正面切って反対できるような力を持った諸侯は誰もいなかった。
唯一、パトリア王国のアルドル3世だけは「再考を」と求めたが、パトリア王国軍は魔王軍とまだ戦っていなかったためにその発言力は小さなもので、オプスティナド4世の決定を覆すことはできなかった。
結局、人類軍の側は使者を立てて、エルフとドワーフの援軍を丁重に謝絶することに取り決められ、諸侯の1人がその使者として選ばれた。




