5-11「人間に戻る方法」
5-11「人間に戻る方法」
「ほっ、本当かっ!? い、いや、本当ですかっ!? 」
キアラのその言葉を聞いた瞬間、サムは思わず、そう叫んでいた。
人間に戻る方法が、あるかもしれない。
すっかり諦めていたことだったが、やはり、人間に戻れるのなら戻りたかった。
オークはオークで、人間と異なる強みやいいところもあるにはあるのだが、やはり、醜い豚の怪物であるということには変わりがない。
サムはオークにされてしまったせいでこれまで多くの辛い目に遭ってきた。
オークの手では何も作れないし、人間たちはサムのオークの姿を恐れて近づこうとしないし、攻撃してくる。
サムはオークになってからの20年間、つい最近になるまで屋内で眠ったことしかなく、いつも野宿で、雨ざらしだった。
オークの生き方にも、馴染めなかった。
オークの世界では「強い者」こそが正義で、美しい存在で、人々を傷つけ、より多くのものを奪ったオークが称賛されていた。
サムは、そんな生き方はしたくなかった。
それに、何と言っても、人間に戻れば「勇者の力」も取り戻せることになる。
聖剣マラキアは砕かれてしまったが、勇者の力さえサムが取り戻すことができれば、復活を遂げた魔王と戦って封印することも可能となってくるかもしれない。
できることなら、サムはそうしたかった。
だが、今のサムはオークでしかない。
サムが大声をあげた瞬間、ガレアは自身が腰に吊っていた本物の剣の柄に手をかけたし、ステラも同じ様にレイピアの柄に手をかけていた。
「サム殿。落ち着きなさい」
やや冷静で、そう言ってたしなめたのはアルドル3世だった。
サムはそう言われて、自分がキアラに向かってにじり寄っていたことに気がつき、2歩下がって、気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
「悪かった……。それで、俺が人間に戻れる方法っていうのは、どんなものなんだ? 俺も、人間に戻れるのなら戻りたい。何でも、試させてくれ」
「はい。では、ご説明しますね。可能性は、いくつかあります」
その場にいた者の中で唯一動じていなかったキアラは頷くと、テーブルの上に置いてあった分厚い魔導書の1つを手に取り、開いて見せた。
「1つは、この、「魔物が使う魔法体系についての考察と研究」という書物で言及されている、ある種の魔法がやや似ているので、この書物の記述を頼りに、サムさんにかけられている魔法を解除できないか試みる方法ですね」
その場にいた全員が、キアラが広げた書物に視線を落とす。
だが、その書物は古代語で書かれていたために、サムにはさっぱり分からなかった。
「この方法は、この場で、今からでも試すことができます。ただし、先ほども説明しましたが、魔物の魔法は人間が使うものとは違っていて、この本の研究が役に立つとは言ってもすごく時間がかかってしまうかもしれません」
「全然、構わないぜ。何しろ、俺は20年もオークのまんまだったんだからな。人間に戻れるのなら、何日、何週間、何か月待とうが、気にならないぜ」
「分かりました。でしたら、この方法はすぐに試してみましょう」
サムの言葉にキアラは頷くと、魔導書をテーブルの上に戻し、それから、いくつかあると言っていた別の方法の説明を始める
「もう1つの方法は、もっと、即効性のあるものです」
「すぐに人間に戻れるっていうことか? なら、ぜひ、試してみてくれ! 」
少し興奮して前のめりになるサムを、キアラは右手の手のひらを見せて押しとどめた。
「あまりお勧めはできない方法なんです。……何しろ、サムさんを一度「殺害」する方法ですから」
サムは、あまりにもあっさりと言ってのけられた「殺害」という言葉に、理解が追いつかずに何度も瞬きをしてしまう。
「えっと……、俺を、殺すっていうことか? そうすると、人間に戻れるのか? 」
「可能性はある、ということです。……勇者様には、光の神ルクス様から、不死の力が授けられていますよね? これは、例え倒れてしまっても、光の神ルクス様の神殿にある祭壇に勇者様が復活するという力です。これを応用して、サムさんを一度殺害すれば、もしかすると人間に戻った状態で復活できるかもしれません」
それからキアラは、「ですが、この方法は全くお勧めできません」と続けた。
「サムさんは今、勇者様としての力の多くを封印された状態ですから、必ず復活できるとは限りません。また、オークの姿で復活してしまう可能性もあります。あまりにも危険過ぎますし、試さない方がいいです」
「そ、そうか……」
そう言われると、サムとしてもこの方法を試すつもりにはなれなかった。
サムが人間として復活できる可能性は実際あるのかもしれなかったが、失敗すればサムはそのまま死んでしまうことになるし、そんなリスクは冒せない。
「それから、3つ目の方法もあります。……それは、エルフに頼ることです」
「えるふ? エルフって……、あの、おとぎ話に出てくるエルフか? 」
エルフというのは、サムは名前を聞いたことがあるくらいの、縁遠い存在だった。
この世界には、魔物と人間の他にも、いくつもの種族が暮らしている。
それは、この世界を創造したとされている最高神、創造神「クレアーレ」が作ったとされる無数の生物のことではなく、人間と同じ様に知性を持つ種族のことだ。
人間以外の種族として比較的よく知られているのが、エルフとドワーフだった。
ただ、この2つの種族は人間とはあまり関わり合いが深くなく、サムをはじめほとんどの人間は、神話などを元にした「お話」に出てくる存在として知っているだけに過ぎない。
エルフというのは、そういったお話の中では、優れた魔術師たちとして描かれていることが多い存在だった。
長身で、細長く尖った耳を持ち、人間の様に杖などの道具に頼らずとも高度で強力な魔法を使いこなす、美しい種族。
ただ、独自の文化を持っていることと、創造神クレアーレが世界を作り出す作業を手伝わせるために生み出されたという神話上の出自に誇りを持っていることから、気難しく、とっつきにくい種族としても描かれている。
「エルフが使う魔法も人間のものとは違っていますし、エルフは長命で優秀な魔術師が多いですから、きっと、頼りになるでしょう。ですが、人間が住んでいる地域ではめったに見ませんし、エルフたちは深い森の奥に住んでいますから、会いに行くだけでも一苦労ですね」
キアラはそう言うと、「私が思いついたのは、とりあえずこれだけですね」と言って、説明を終えた。
結局、すぐに取りかかれそうな方法は1つしかなかった。
それでも、20年もの間、何の進展もなくオークとして過ごしてきたサムにとっては、これ以上ないほどの進歩だった。
可能性がある。
それだけでも、夢の様だった。
「キアラさん。頼む、この通りだ」
サムはキアラに向かって深々と頭を下げた。
「どんな方法でもいい。人間に戻れるかもしれないっていうのなら、何でも試してくれ」
「分かりました。……では、さっそく、始めましょう」
キアラは微笑むと、魔法の杖を構えてサムへと向けた。




