5-10「調査」
5-10「調査」
杖を取りに行くと言ってその場を離れていたキアラが戻ってきたのは、アルドル3世とステラ、ガレアの3人が、模擬戦でボコボコにされてしまってのびている4人の少女たちを介抱している時だった。
「あらあら。ずいぶん、派手にやりましたねぇ」
杖だけでなく、古くて分厚い魔導書などを何冊か抱えて戻って来たキアラは、疲労困憊して倒れている少女たちを見てもそう言って少し驚いただけだった。
やはり、マイペースなところのある性格であるらしい。
「これでも、手加減はしたのよ? 」
ティアに回復魔法をかけていたステラが、少し手を止めてそう言った。
ティアたちは容赦なくボコボコにされてしまったようにしか見えなかったが、これは事実だった。
何故なら、ステラは「2回戦」をやるつもりだったからだ。
ステラは4人の少女たちを介抱して元気にさせた後、もう1度模擬戦をやって、再びボコボコにしようと画策していた。
幸いなことに、それはアルドル3世が「さすがにちょっと、やり過ぎなんじゃないか? 」と諭したことで回避されている。
「ご温情、感謝いたしますわ、お母様」
倒れ伏したままステラに回復魔法をかけられていたティアが、今にも消えてしまいそうなか細い声でそう言った。
「あらやだ、この子ったらちゃんと口のきき方を覚えたんじゃないの! 」
弱り切っているティアを、ステラは嬉しそうにばしんばしんと叩いた。
まだ深刻なダメージから回復しきっていないティアは、叩かれるたびにとてもとても辛そうだったが、弱音ひとつ漏らさない。
(いいところの出の苦労知らずかと思ってたんだが、そうでもなかったみてぇだな……)
その光景を見て、サムは心の底から少女たちに同情した。
彼女たちは確かに金銭的な面での苦労知らずには違いなかったが、両親にこれ以上ないほど厳しく育てられたという点で、誰よりも苦労している。
「サムさん、よろしいでしょうか」
そんなサムに、キアラが声をかける。
キアラがティアたちの惨状にさほど驚かなかったのは彼女のマイペースな性格ということもあるのに違いなかったが、それがおそらくは彼女たちにとっての「普通」だからなのだろう。
「あ、はい。何でございましょうか」
キアラもステラの同類だと思ったサムは、思わずかしこまって姿勢を正してしまう。
「うふふ。そんなに緊張しなくても。宮廷魔術師と言っても、そんなに偉いものではありませんし。ちょっと、詳しく調べさせてもらうだけですから」
そんなサムに、キアラは優しそうな微笑みを向けた。
もっとも、彼女はサムのかしこまった態度の理由を理解できていない様子だったが。
「少し、動かないでくださいね? 」
キアラはそう言うと、持ってきた魔導書を近くに置いてあったテーブルの上に置き、サムに向かって魔法の杖を向けた。
キアラの魔法の杖は、ルナが持っているものとよく似ていたが、それよりもずっと古く、そして、より多くの細工が施されているものだった。
一際目を引くのが、杖の中に埋め込まれた大きな緑色の球形の宝石で、かすかに神秘的な光を放っているのが印象的だった。
サムは言われた通り、黙ったままじっとしていた。
そんなサムを、キアラは真剣な表情で、神々が用いていた言葉とされる古代語による呪文を小声で唱えながら、杖をかざしてサムの上から下まで探りを入れていく。
やがてキアラは杖をかざすのをやめると、少し考えてから、サムにいくつか質問をした。
「サムさん。サムさんがオークになったのは、20年前で間違いないでしょうか? 」
「ああ、間違いないぜ」
「それから、人間に戻ろうと試したことは? 」
「オークにされたばっかりのころは、何度も、いろいろ試してみたさ。けど、どれもダメだった。それに、人間の魔術師は、魔物だっていうだけで俺を攻撃しようとしたからな。どうしようもなかったぜ」
「でも、聖剣マラキアを引き抜くことはできたんですよね? 」
「ああ。……そのせいで、聖剣を壊されちまったんだがな」
それから、キアラは難しそうな顔で黙り込んだ。
サムを調べていたキアラの周りに、いつの間にかアルドル3世とステラ、ガレアの3人が集まり、20年前に勇者を探すために最初に出発した冒険者一行がそろっていた。
「キアラ殿。何か、分かっただろうか? 」
アルドル3世にそう声をかけられたキアラは彼に視線を送り、それからもう一度サムの方を顧みて、「そうですねぇ……」と口を開いた。
「サムさんにかけられている魔法は、やっぱりよく分かりませんでした。人間の私たちが使っている魔法と、魔物たちが使っている魔法は系統が違うものなので。とても古くて、複雑で、強い魔法だとしか分かりませんでした」
サムは、内心、落胆していた。
もしかしたら人間に戻れる方法が見つかるかもしれないと、少しだけ期待していたのだ。
そんなサムの気持ちを知ってか知らずか、キアラはさらに残酷な事実を突きつける。
「いちばん大きな問題は、魔法をかけられてから20年も経っているということです。サムさんの魂、本来は人間のものであるはずのものが、長くオークの身体に押し込められた結果、オークの身体に馴染んでしまっています。人間の姿を変える魔法には、人間が使う魔法でもいくつか類似したものがあるんですが、これだけ魂と肉体が馴染んでしまうと、そういった魔法の応用は難しいし、危険になってきてしまいます」
サムは、耐え切れずに、ガックリとうなだれた。
自分はもう、人間には戻れない。
それはサムが何年も、何年も前に受け入れていたことだった。
だが、わずかばかりでも希望が見えた、そう思ったうえで、改めてその現実を突きつけられるのは辛いことだった。
「それじゃぁ、サムさんは人間には戻せないっていうこと? 」
確認するようにキアラに言ったステラに、しかし、キアラは首を左右に振って見せた。
「いいえ。いくつか、思いついた方法があります」




