5-9「親子」
5-9「親子」
ステラが「外に出ましょう」と言うと、4人の少女たちは言われたことに何も逆らわずに部屋を出ていった。
何というか、これからとてつもなく恐ろしいことが起こることが分かっているが、そこから絶対に逃れることはできないという、絶望と諦めの入り混じった表情をしていた。
少女たちが出ていくのを、両手を腰に当てながら見送ったステラは、無言で机の上に広げられた地図を片付けていたガレアに視線を送って合図を出すと、2人並んで、少女たちと同じ様に部屋から出ていった。
「サム殿も一緒に来るといい。面白いものが見られる」
呆気に取られていたサムに、アルドル3世はそう言うと、あまり似合わないウインクをして見せた。
サムには何が何だか分からなかったが、アルドル3世も部屋を出て行ってしまう様だし、1人で部屋にいるのも嫌だし、これから何が起こるのかも気になるし、というわけで、とにかくアルドル3世に続いて部屋を出ていくことにした。
部屋を出て、建物も出て、アルドル3世についていくと、サムは少女たちとステラ、ガレアが広場に集まっているのを見つけることができた。
広場、と言ってもそれほど大きな場所ではなく、ちょっとした空き地のようなものだ。
ちょうど、ちょっとした運動をするのにちょうどいい広さを持っている。
パトリア王国軍ではその場所を剣術などの鍛錬を行う場所としている様だった。
そこには藁人形に古びた鎧を着せた的や、訓練に使うための木製の剣などが用意されている。
ようやく、サムにもこれから何が行われるのかが理解できた。
「さて、ティア。覚悟はいいわね? 」
細身の木剣を左手に持ち、軽く体を動かして準備運動をしたステラは、そう言って自らの娘に木剣の切っ先を向けた。
十分に距離を離した隣では、ステラと同じ様に木剣を持ったガレアが、物静かな瞳で自身の娘であるラーミナを見すえている。
寡黙な性格の様だ。
ステラとガレアが構えを取るのに合わせてティアとラーミナも木剣を構え、戦う姿勢を取る。
そして、模擬戦が始まった。
ステラとガレアは雄叫びを上げると、いつもより腰が引けているティアとラーミナに襲いかかった。
勝負は一瞬でついた。
ティアはステラの鋭い切り込みをかわしきれずに腕を叩かれて木剣を手から落とし、ばしん、と首の辺りを叩かれた。
ラーミナはガレアが振り下ろした木剣を受け止めたが、腰が引けていたせいで力負けしてそのまま突き飛ばされ、体勢が崩れたところをガレアによって足払いされて地面の上に倒れこんだ。
「さぁ、立ちなさい。まだまだこれからよ? 」
痛みで若干涙目になりながらうずくまっているティアとラーミナに対し、ステラは無慈悲に言い放つ。
「やらかすだけやらかしたんだから、親として、しっかりと教育してあげるわ! それに、魔王城までは行けるくらいの実力があったんだから、旅に出てから少しは上達しているんでしょう? 成長したところ、見せてみなさい! 」
その言葉に、ティアとラーミナは再び木剣を手にして立ち上がり、今度は自分たちの側からステラとガレアへと向かっていった。
痛いからとうずくまっていても、この模擬戦が終わることはないと分かっているからだ。
それは、少女たちへの「おしおき」だった。
世界を救いたかったからとは言え、勇者を騙って魔王城にまで赴き、聖剣マラキアを失い、魔王が復活するきっかけを作ってしまったことに対する厳しい罰だ。
ティアもラーミナも必死にステラとガレアに挑んでいったが、全く歯が立たなかった。
単純な実力差、というよりも、「自分たちではこの人たちに絶対に勝つことはできない」という先入観があり、実力を出し切れていない様な感じだ。
「どうだ、凄いもんだろう」
ボコボコにされ続ける娘たちの姿を見ながら、アルドル3世は少し得意げだった。
「私たち4人も、昔は冒険者だったんだ。20年前、光の神ルクス様の予言を受けて、聖剣マラキアを背負って勇者殿を探す旅に出た、4人の冒険者。……その時、貴殿を見つけることができていれば、こんなことにはならなかったのだがな」
それから、アルドル3世は自嘲するようにそう言った。
親として、娘たちのしでかしてしまったことの責任を感じ、同時に、20年前に勇者を見つけることができずに、結果的に現在の状況を招いてしまったことに罪悪感を抱いている様だった。
「ま、まぁ、それはよ、国ごと根こそぎやられちまったし、俺もオークにされちまったわけだし……。しかしよ、ちと、厳し過ぎねぇか? 」
サムは、何度も木剣で痛めつけられ、地面に倒れ伏して土まみれになるティアとラーミナのことで気が気ではなくなっていた。
これが、世界を破滅の危機にさらしてしまっていることへの罰なのだとしても、少女たちが傷つき、擦り傷や痣だらけになっていくのは、とても見ていられる様な光景ではなかった。
「なんの、いざとなれば回復魔法がある。それに、私たちくらいは乗り越えてもらわないと、魔王を倒すなんて夢のまた夢だからな」
しかし、アルドル3世は、この模擬戦を止めるつもりは全く無い様だった。
そして、模擬戦は結局、ティアとラーミナが疲労困憊して立ち上がることさえできなくなるまで続けられた。
2人とも粘り、ステラとガレアから1本取るような場面もあったが、勝敗の数で言えば惨敗だった。
ティアとラーミナが倒れたら、今度はルナとリーンの番だった。
ルナは父親であるガレアと、リーンはステラと対戦することになり、ぐったりとのびているティアとラーミナを安全な場所に寝かせてから2人が使っていた木剣を手に取って構えた。
2人とも魔術師で接近戦は得意ではないはずだったが、お目こぼしはない様だった。
2人が構えを取るのを確認すると、ステラとガレアは容赦なく木剣で切りかかった。
意外にも、ルナとリーンは善戦した。
浴びせられる斬撃を何度か受け止め、逆に反撃する場面もあった。
だが、それはあくまで「普段接近戦をしない割には」というレベルのものだった。
ルナもリーンも押しまくられて、最後にはティアとラーミナの様に疲労困憊して倒れてしまった。
(本当に、容赦ねぇな……)
サムは内心で恐怖した。
そして、絶対に、少女たちの親たちを敵には回さない様にしようと心に誓った。
「ふむ。このくらいでいいでしょう。まぁまぁ、上達しているじゃないの」
地面に倒れ伏し、ひゅー、ひゅー、と苦しそうに息をしている娘たちを見下ろしながら、ステラは額に浮かんだ汗をハンカチで拭った。
とてもとても、満足そうな笑顔だった。




