5-8「宮廷魔術師」
5-8「宮廷魔術師」
本営の中にいた3人の男女は、サムから視線をアルドル3世へと向けなおし、暗に「説明を求める」というプレッシャーをかけた。
「オーケー、言いたいことは分かっている。このオークのことだな? だが、ちょっと待ってくれ。うまく説明できるように考えさせてくれ。かなり、複雑なんだ」
アルドル3世はやや大げさな仕草で両手を広げ、3人をなだめるような仕草を作ると、それから渋面を作る。
アルドル3世が一行をここに案内してきたのは、勇者であるサムがオークに変えられてしまっているという状況をどうにかできないか相談するためであったが、自分でも未だに完全には信じ切ることができていないことをうまく説明することはかなり難しいことだったからだ。
甲冑に身を包んだ男性、ガレアは両手を腰に当て、黒髪の女性、ステラは腕組みをして、アルドル3世の言葉を待った。
ただ1人だけ、金髪の女性、キアラだけが、首をかしげながらサムの方を見ている。
「……もしかして、このオークさん、元は人間だった感じでしょうか? 」
そして、キアラはアルドル3世が口を開いて説明するよりも早く、問題の本質を正確に言い当てた。
その場にいた人々はみな、驚いて金髪の女性に視線を集めていた。
ガレアとステラは「どういうこと? 」という疑問を含んだ視線で、残りの5人と1頭は「何でわかったの? 」という驚きに満ちた視線で、キアラのことを見ている。
だが、キアラは自分が視線を集めていることに気付いているのかそうでないのか、サムのことを上から下まで眺め、「う~ん」と唸りながら頬に手を当てて考え込んでいる。
どうやら、マイペースな性格の持ち主であるらしい。
「でも、ちょっと、よく分かりませんねぇ。とても難しい、しかも古い魔法みたいです。それに、その、人? の魂も、だいぶ今の身体に馴染んじゃっているみたいですし」
「……。さすが、我らの宮廷魔術師殿だ」
そんなキアラを、尊敬と呆れの入り混じった目で見てため息をついたアルドル3世は、ようやく自身の口から、つい先ほどティアから伝えられた「状況」を説明した。
キアラを除く2人は、最初は疑う様子も見せていたが、アルドル3世と同じ様にティアたちが嘘をつく理由もないし、そもそもキアラがサムの正体が人間ではないかと言っていることもあって、その話を信じてくれた様だった。
その後の反応は、アルドル3世が示したものとほとんど一緒だった。
これまで想像もしてこなかったような状況になっていると知って、頭を抱えるしかない。そんな感じだった。
やがて、ステラが口を開いた。
「信じるしかないみたいだけど……。まさか、そんなことになっていたなんてねぇ」
それから、ステラはその緋色の瞳でサムのことを睨みつけた。
「えっと、サムさん、だっけ? ……念のために確認しておくけど、今の話、間違いないのかしら? 」
「ああ。20年前、俺は確かに光の神ルクス様の声を聞いたし、勇者としての力を与えられた。実際、聖剣マラキアも、俺の手で引き抜くことができた。……もっとも、そのせいでマールムっていう魔物に聖剣を壊されちまったし、俺が勇者だっていう証拠は何も残ってねぇけどな」
「ふぅん? 」
ステラは納得したのかそうでないのか、サムを見ながら双眸を細める。
「そういうわけだから、ステラ、それにキアラ殿。何か良い思案はないだろうか? 」
「そう言われてもねぇ、あなた。20年も解けなかったし、誰にも気づかれないくらい、強力で巧妙な魔法ってことでしょう? そう簡単にはいかないわよ」
アルドル3世の言葉に、ステラが今度はそう言いながら腕組みをした。
2人は夫婦、王と女王という関係であるはずだったが、聞いている限りだと少しもそんな感じはしない。
長年一緒に戦ってきた相棒。そんな関係に思える。
「ねぇ、キアラ? 」
ステラはそう言ってキアラに話を振ったが、キアラはそれには答えず、じっとサムのことを見つめている。
何かを考えている様だった。
その場にいた人々はみな、そのキアラの様子を見て沈黙した。
優秀と呼ばれる魔術師でも簡単には気がつかないはずのサムの正体に一目で気がついたパトリア王国の宮廷魔術師の考え事を、邪魔しないようにという配慮からの沈黙だった。
「確かに、すぐには何も思いつきませんねぇ。ごめんなさい」
やがて、キアラは申し訳なさそうに顔をしてそう言った。
「けれど、とにかく、調べてみましょう。えっと、サムさん? ちょっとお時間よろしいでしょうか? 」
「あ、ああ。もちろんだぜ」
それでも、キアラは何か方法がないか、サムを詳しく調べて考えてくれるということだった。
サムは20年もオークとして生きてきて、すっかり人間に戻れるという望みなど捨ててしまっていたが、それでも、今は人間に戻って、勇者としての力を取り戻す必要があった。
すでに魔王が復活し、魔王軍が人間の世界へ押し寄せてきている。
何とかして人間に戻り、勇者としての力を取り戻して魔王を倒す方法も見つけ出さなければ、人類と魔王軍との戦いがこのまま永遠に続いてしまうかもしれないのだ。
キアラが「ちょっと、杖を取ってきます」と言って出ていくと、キアラが考えている間ずっと黙っていたステラが再び口を開いた。
不敵な笑顔で、自身の娘とその旅の仲間たちを眺めている。
「とりあえず、本物の勇者様のことはキアラに任せるとして。……あんたたち、分かっているんでしょうね? 」
サムには、ステラが何の話をしているのか分からなかった。
だが、4人の少女たちには、これから何が起こるかが理解できたらしい。
ティアも、ラーミナも、ルナも、ごくり、と固唾を飲んで、なんだか怯えた様な顔をする。
普段無表情のリーンでさえ、少し怖がっている様だった。




