5-7「3人」
5-7「3人」
ティアから真実を告げられた後、アルドル3世はしばらくの間無言で、頭を抱えていた。
目の前にいるサムが、醜い豚の怪物が、光の神ルクスによって選ばれた勇者で、そして、マールムという強力な魔物によって、オークに姿を変えられてしまっている。
そんなことが、あるはずがない。
だが、そんな嘘を、わざわざ自分の娘が言いに来るはずがない。
アルドル3世は、到底信じることのできない話を聞かされ、そして、状況から言ってそれを信じなければならないという事実に、頭を抱えてしまっていた。
アルドル3世は相応に聡明な人物だったから、この「秘密」の影響力をすぐに理解することができた。
ただでさえ、聖剣マラキアが破壊されてしまった後なのだ。
それに加えて、光の神ルクスから魔王を倒す力を授けられたはずの勇者が、オークなどという醜い魔物に姿に変えられ、その力を封じられてしまっているなどと知られたら。
人々は魔王を倒す術がないことに絶望し、動揺し、ウルチモ城塞の守りは大きく弱体化してしまうだろう。
アルドル3世はすでに、ティアの話が真実かどうかではなく、これが現実であるということを前提として、これからどうするべきかを考えている様だった。
実の娘の言葉を疑う様な余地などなかったし、そうであるのなら、一刻も早く対応策を立てなければならなかったし、アルドル3世はティアたちが自分たちではどうしようもなくなって、自分を頼っているのだということがよく分かっている。
「妻と、宮廷魔術師殿に相談するしかないだろう」
しばらく思考を巡らせたのち、アルドル3世はしかめっ面を見せながらそう言った。
「私も基礎的な魔法ならそれなりに使えるが、どうやら、そのオーク……、いや、サム殿にかけられている魔法は、かなり高度なものである様だ。我が妻ステラと、宮廷魔術師、キアラ殿であれば、何か良い知恵も浮かぶであろう」
「でしたら、すぐに手紙を書きましょう! 」
ティアはアルドル3世が力を貸してくれるということに瞳を輝かせたが、アルドル3世は手のひらを見せてティアを制止し、首を左右に振った。
「手紙は不要だ。……2人とも、今回の出陣に同行しているからな。すぐに案内しよう」
アルドル3世の決断は素早かったが、一行に異論などあるはずもなかった。
思った通り、アルドル3世は一行に力を貸してくれる様だった。
一行はアルドル3世の案内で、パトリア王国の軍勢がその宿営地としてあてがわれた場所へと向かった。
パトリア王国は後から到着したということもあって、オプスティナド4世が直接指揮をとる予備部隊に編入されていた。
城壁上には未だ十分な数の軍勢が配置されているから、長期戦に備えてできるだけ多くの予備兵力を温存しておこうという考えらしかった。
それに、無理やり兵力を前方に出したとしても、かえって各部隊の身動きが取れなくなって混乱するだけとなってしまうだろう。
アルドル3世がパトリア王国軍の宿営地に戻ってくると、慌てたように侍従が王を出迎えた。
温厚で誠実そうな老齢の男性で、白髪に豊かな髭を持つが、頭頂部がきれいにはげている。
「陛下、よくお戻りに」
「うむ。して、戦いの準備はどうなっておる? 」
「はい。近衛騎士団団長のガレア様の指示で滞りなく。各部隊とも、いつでも動ける様でございます」
「よろしい。……ところで、ステラと、キアラ殿はどこにいるか? 」
「はっ、お2人はガレア様を手伝っておられるかと。あちらの本営におられます」
「分かった。私はガレア殿のところへ行く。少し相談したいことがあってな。お前は人払いをして見張っていてくれ、内密な相談なのだ」
「かしこまりました」
侍従はアルドル3世に恭しく頭を垂れると、さっそく指示通りに動き始めた。
その様子を横目で確認し、アルドル3世は侍従が指し示した方向へ向かって歩いていく。
向かう先にあったのは、パトリア王国軍がその本営として使うべく借り受けている建物だった。
人類軍と魔王軍との最前線となるべく作られたウルチモ城塞には、各地から集結してくる人類側の大軍を受け入れるための施設が整えられており、平時では使われない建物が数多く立ち並んでいる。
パトリア王国軍の本営となっている建物も、普段は使われることなく空き家として建物だけが維持されていた場所だった。
最低限の管理しか行われておらず、埃が積もっていたその建物も、今はパトリア王国軍の本営として機能するべく掃除が行われ、必要な物資が運び込まれている。
建物の屋上には、パトリア王国の王家の紋章が描かれた旗がすでに翻っていた。
警備の兵士や作業を行っていた兵士たちに敬礼で出迎えられるのに応えながら進んでいったアルドル3世は、侍従に教えられたとおり、その本営の中で目当ての3人を見つけ出すことができた。
1人は、全身を上質な甲冑で包み、腰に長剣を吊っている、栗色の髪と琥珀色の瞳を持つ壮年の男性で、机の上にウルチモ城塞の構造が描かれた地図を広げている。
その場にいた3人の内でただ1人の男性だから、この男性が、パトリア王国軍の近衛騎士団の団長を務め、ラーミナとルナの父親でもあるガレアなのだろう。
もう1人は長くのばしてうなじの辺りで1つにまとめている黒髪に緋色の瞳を持つ妙齢の女性で、ガレアほど重装備ではないものの、胸甲を身に着け、腰には細身のレイピアを吊っている。
瞳の色は違ったが、勝気そうな印象の双眸がティアとよく似ている。使っている武器も一緒だから、多分、この女性がティアの母親であり、パトリア王国の女王でもある、ステラという女性だろう。
3人目は、首筋が見えるくらいの長さで切りそろえた奇麗な金髪に碧眼を持つ女性で、見るからに魔術師らしいと分かる空色の生地で作られたフード付きのローブを身にまとっている。
いかにもという格好をしているのだから、こちらの女性がラーミナとルナの母親である宮廷魔術師、キアラである様だった。
パトリア王国軍の本営で地図を広げて作戦会議をしていたらしい3人は、「もどったぞ」と短く告げながら入って来たアルドル3世を見て驚き、次いで、その後に続いて部屋に入って来た4人の少女たちを見て嬉しそうな顔になり、最後に、扉の上枠に頭をぶつけないように、かがんで窮屈そうに入って来たサムの姿を見て、もう一度驚いた。
「あ、ドーモ、奴隷オークです」
サムは自分に視線が集中してなんだか気まずくなって、そう言って愛想笑いを浮かべるしかなかった。




