5-5「到着」
5-5「到着」
総攻撃に失敗したことで、魔王軍は一度ウルチモ城塞から距離を取り、城塞から北の谷筋へと後退していった。
相変わらず谷間に無数の魔物たちがひしめき、その数はクラテーラ山から次々と増援が到着して増え続けていて、その光景はウルチモ城塞からもよく見通すことができた。
それでも、ウルチモ城塞に籠もる人類軍は、前向きな気分を取り戻している。
魔王軍が襲来した時はそのあまりに大きな数に圧倒された人類軍だったが、実際に戦ってみると、人類軍は勝利することができた。
被害も出てはいたが深刻なものではなく、魔王軍が相手でも戦えるという事実に、兵士たちは自信を取り戻している。
加えて、人類側にはさらに大きな援軍があった。
諸王国の中でもっとも南方にあり、アロガンシア王国、バノルゴス王国に次ぐ第3位の規模を誇る大国、パトリア王国の国王アルドル3世が、16000の軍勢を率いてウルチモ城塞へ到着したのだ。
オプスティナド4世、ディロス5世、バンルアン辺境伯がウルチモ城塞の南の門まで出向き、直接アルドル3世を出迎えると、城塞の人類軍は一斉に歓声をあげた。
この増援によって人類軍はますます強化され、同時に、諸王国の主要国の軍隊が団結して防衛に当たる体制が整えられたのだ。
アルドル3世はまず、魔王軍との緒戦に間に合わなかったことをオプスティナド4世にわびたが、オプスティナド4世は豪快に笑って気にしなかった。
パトリア王国は諸王国の中でウルチモ城塞からもっとも離れた場所にあり、バンルアン辺境伯から魔王復活を告げる連絡を受け取るのに時間がかかったし、諸王国のどの軍勢よりも長距離を行軍してこなければならず、到着が遅れるのは当然のことだったからだ。
諸王国の中の上位3か国の王ということで、アルドル3世はオプスティナド4世、ディロス6世と並ぶ待遇を受けた。
ウルチモ城塞の内城の城壁の上に設けられた指揮所に3つの玉座が並べられ、3人の王はオプスティナド4世を中心として一同に会し、協力して戦う姿勢を鮮明に示した。
指揮所には3か国の王家の紋章が施された旗がひるがえり、その光景を目にした兵士たちはまた、一斉に歓声をあげた。
魔王軍に勝てる。
その、勝利への希望がより一層、強固なものとなった様に思えたからだ。
戦いの中、何もできずに焦燥感だけをつのらせていた一行にとっても、パトリア王国の軍勢の到着は朗報だった。
何故なら、パトリア王国は、ティアとラーミナ、ルナの出身国だったからだ。
「アルドル3世に、相談、してみましょう」
パトリア王国の軍勢が到着した後、人気のない場所にひそかに集合した一行の輪の中で、ティアはひそひそ声で提案した。
「おいおい、大丈夫なのか? 」
ラーミナとルナが同意して頷き、リーンがジト目で何を考えているか分からない中、不安の声をあげたのはサムだった。
「相談するって、俺がオークに変えられた勇者だっていうこととか、壊されちまった聖剣マラキアのことを、ってことだろ? 聖剣はともかく、俺のことは黙ってないとまずいってことになっただろ? 」
「そうだけど、アルドル3世にだったら話しても大丈夫よ」
しかし、ティアはやけに自信ありげに微笑んでいる。
「どうしてだよ? 」
「だって、私のお父様だし」
「……、ぶひっ」
ティアは何でもないことの様にとんでもないことを打ち明け、サムは驚きの余り思わず、豚の様な声を出してしまった。
それから、サムは何度か深呼吸をし、少し気持ちを落ち着けてからティアに確認する。
「お、お前、王族だったのかよ!? 全然、気づかなかったぞ」
「そりゃ、言わなかったもの。それに私、お姫さまっていうガラじゃないからね」
ティアは素っ気なくそう言った。
サムはまだ信じられない様な気分だったが、そこでふと何かに気づき、ティアの提案に何の異議もなく頷いていたラーミナとルナに視線を向ける。
「もしかして……、お前らの両親も、王家の関係者だったりするのか? 」
「そうだな。父は近衛騎士団の団長を務めている」
「お母様は、宮廷魔術師ですね」
あっさり返って来た返答を聞いて、サムはうなだれると、深々とため息をついた。
サムは少女たちのことを「育ちがいいな」とは思っていたが、その出自を聞けば納得するしかない。
サムが貧しい農民の出身だったことを考えれば、「雲の上の人たち」だった。
それに加えて、少女たちが、秘密にしておこうと決めたはずの事柄を簡単に打ち明けようと決心してしまった理由にも納得がいく。
パトリア王国は、ほぼ確実に少女たちの「味方」なのだ。
それも、トップのみならず、その国の中枢までも、どっぷりと。
秘密を打ち明けてもそれ以上秘密が広がるような心配もないし、手を貸してもらえる可能性は大きい。
サムも、ティアの提案に同意した。
不安に思う様な理由は少しもないと分かったからだ。
ただ、心配なことが完全になくなったわけでは無かった。
「でもよ……、お嬢ちゃんたちのご両親ってことは、ティアの嬢ちゃんが勇者でないっていうことも知っているってことだよな? 会ったら、ものすごく怒られるんじゃないか? 」
「それは……、覚悟の上よ。合わせる顔もないけど……、とにかく、私たちだけじゃもう、どうしようもないんだから」
ティアは、すでに決意を固めている様だった。
方針が決まると、一行はすぐに動き出した。
普通、王様と面会するためには、いろいろと条件を満たして許可をもらう必要があり、会いたいからと言ってすぐに会えるようなものではなかった。
しかし、ティアが「個室で面会したい」と申し出ると、簡単に許可が出てしまった。
オプスティナド4世もディロス6世も、そしてバンルアン辺境伯も、ティアがアルドル3世の娘であるということを知っていたからだ。
知らなかったのは、どうやらサムだけであったらしい。
ここは人類軍と魔王軍との最前線ではあったものの、親子の対面のために時間と場所を作るくらいはする余裕はあった。
アルドル3世は「ここは戦場だから、自分だけが娘と会うわけにはいかない」と1度は辞退したものの、オプスティナド4世の強い勧めもあって、一行とアルドル3世は会えることになった。




