5-2「緒戦」
5-2「緒戦」
魔王軍が動いたのは、唐突だった。
合図らしいものは何もなく、ただ、突然に。
魔王軍の魔物たちは一斉にそれぞれの鳴き声で咆哮をあげ、堰を切って押し寄せる濁流となってウルチモ城塞へと押し寄せてきた。
様々な種族が雑に入り混じっているから、魔王軍の突撃の歩調は合っていない。
脚の速い魔物はひたすら先頭に出て、脚の遅い魔物は後方に出遅れる。
しかし、その勢いはすさまじかった。
地形の制限でウルチモ城塞の前面に展開できなかった後続の魔物たちに押し出されるようにして、魔物たちは突っ込んでくる。
地響きが谷間に反響しながら轟き、魔物たちの唸り声が幾重にも重なって、不気味な協奏曲を奏でる。
先頭を走る脚の速い魔物たちが人類側の有効射程にまで入ったが、しかし、人類軍はすぐには反撃を開始しなかった。
そして、後続していたやや脚の遅い魔物たちが、人類軍が目印として設置していた旗を蹴散らしながら通過した。
その瞬間、ウルチモ城塞の城壁の上で、一斉に「放てぇっ! 」と号令する声が響いた。
魔王軍の主力が有効射程に入るまで十分に引きつけておいてから、人類軍は一斉に反撃を開始した。
射程の長い投石器から一斉に大きな石が打ちだされ、猛り狂って進んでくる魔物たちの頭上へと降り注いだ。
投石器を城壁の上へと持ち上げる作業は大変なものだったが、上から降り注ぐ石は投石器から打ち出された勢いと重力とが合わさって、抜群の威力があった。
石が直撃した魔物はそのまま押しつぶされて赤い染みとなり、数頭の魔物が一撃で倒れることさえあった。
放たれた石の1つが1つ目の巨人族の顔面に命中し、その弱点である巨大な眼球を叩き潰すと、その巨人は他のたくさんの魔物を巻き込みながら地面へと倒れ伏していった。
それでも、魔物たちの突撃は緩まなかった。
後方から続々と進んでくる魔物たちに押し出されて、自身の意思ではもう、止まることができないのだ。
先頭を走っていた魔物たちがさらに城壁へと接近してくると、人間たちはバリスタから槍を発射し、できるだけ大型の魔物を狙撃していった。
大きな槍を強い勢いをつけて発射するバリスタは初速が速く、命中率がよくて貫通力も高かった。
バリスタから放たれた槍に貫かれて、何頭もの魔物たちがそのまま地面に縫い留められて動かなくなる。
魔物たちはその数を確実に減らされながらも、さらに接近を続ける。
人類軍は投石器やバリスタに次いで、弓や弩で攻撃を開始した。
この戦いのために用意された矢が惜しみなく放たれ、魔物たちの上に雨となって降り注ぐ。
魔物の中には、オークの様に人間の武器はほとんど通用しない、守りの固い魔物もいた。
だが、そうでない魔物もいる。
降り注ぐ矢は、脚が速い代わりに防御は薄かった四つ脚の魔物たちを次々と貫いていき、無数の死体を作り出す。
それでも、魔王軍は立ち止まらなかった。
投石器の攻撃を多大な犠牲を払いながら突破してきた魔物たちが、その死体を蹴散らし、踏みつぶしながら、ウルチモ城塞の堀へと殺到した。
魔物たちは同族であったはずの死体を顧みもせず、次々と堀の中へと飛び込んでいく。
堀に飛び込んだ魔物の上に、さらに別の魔物が、折り重なるように、躊躇なく次々と。
下にいて堀から這い上がることができなかった魔物は後ろから飛び込んできた魔物に押しつぶされて死に、下にいた魔物を押しつぶした魔物も、さらに後方から堀の中に飛び込んできた魔物によって押しつぶされて死んだ。
それは、人類軍を戦慄させるのに十分な光景だった。
魔物たちは、仲間の死体を積み重ねることで堀を突破しようとしていると、そう思えたからだ。
人間の常識からいえば、ありえない戦法だった。
だが、魔物たちはそれを、何の躊躇も迷いもなく実行してくる。
どれだけ犠牲が出ようと、おかまいなしだった。
自分たちは、これまでに戦ったことのない敵と戦っている。
そんな実感が人々の中で生まれ、大きくなっていく。
魔物たちが自らの死体で堀を徐々に埋めていくのに対し、人類軍はその上に無数の火のついた樽を落下させた。
樽は城壁から転がり落ちると、堀の中で足止めされ、もがいている魔物たちの頭上に降り注いで、爆発した。
樽の中には、可燃性の油と、火をより勢いよく、長く燃やすための材料がたっぷりと詰められていたのだ。
炎があちこちで生まれ、そして、その炎はさらに、堀の底に人類軍が用意しておいた可燃性の油に引火して、一瞬で燃え広がった。
堀の中が、魔物たちの火葬場へと変わった。
無数に積み重なった魔物の死体を炎はなめるように焼き、上へと広がって、堀を突破しようともがいていた魔物たちを焼き殺していく。
炎はさらに、堀の外へと燃え広がった。
人類軍はあらかじめ戦場となる場所に油と発火性を強くする薬品とをまいており、堀で敵を焼いた炎がそのまま魔王軍の後方へ向かって燃え広がる様に準備をしていたのだ。
扇の骨の形に、炎が広がっていく。
その炎によって突撃してきていた魔物たちは焼き殺され、そして、分断された。
魔王軍の突撃が、とうとう止まった。
炎によって行く手を遮られ、無残に焼き殺されていく同胞の姿を見て、生存本能が働いたのだ。
人類軍は足を止めた魔物を狙って、ここぞとばかりに集中射撃を実施した。
身動きの取れない魔物たちは次々と射貫かれていき、その数を減らしていく。
やがて、ウルチモ城塞に押し寄せてきた魔王軍の第1波は、壊滅状態となった。
攻め寄せてきた魔物たちはそのほとんどが倒されたか、息絶える寸前といった状況であり、生き残った魔物たちもウルチモ城塞から攻撃が実施できる距離からは引いて、突撃を開始する前の位置にまで後退した。
城壁で守備に就いていた兵士たちが、歓声を上げる。
魔王軍との緒戦は、人類軍の勝利に終わった。




