4-18「大道芸」
4-18「大道芸」
4人の冒険者と1頭の奴隷オークが最初にやって来た時、ウルチモ城塞は閑散とした場所だった。
そこにあるのは城塞の守備を任されたバンルアン辺境伯とその配下の手勢だけであり、何万もの軍勢を収容できる巨大な城塞であるウルチモ城塞の中には、使われていない空間がたくさんあった。
それが、バンルアン辺境伯が発した早馬から1週間ほども経つと、突如として大都市が出現したかのような活気に満ちている。
アロガンシア王国に続き、諸王国で第2位の規模を持つバノルゴス王国の国王、ディロス6世が18000名もの兵力を率いて到着すると、ウルチモ城塞に用意されていた余剰空間の多くが埋まり、どこに行っても人、人、人、という状況になった。
アロガンシア王国のオプスティナド4世と、バノルゴス王国のディロス6世は因縁浅からぬ関係だったが、魔王軍の侵攻という危機を前にして両者はこれまでのいさかいを水に流すこととしており、ディロス6世は自ら進んで跪いてオプスティナド4世の指揮下に入った。
こうして、ウルチモ城塞に集まった人類軍はいよいよ強化されて、魔王軍を迎え撃つための準備が整いつつある。
これだけたくさんの人々が集まると、自然と、そこにいる人々の財布を目当てにした商人たちもやってくる。
兵士たちを楽しませるための大道芸人たちや、教会から派遣されてきた宗教家たち(これはお金とはあまり関係がない)、兵士たちの武具を鍛えなおしたり防具を修繕したりする鍛冶師の一団などなど。
この他にも、籠城戦に必要となる物資を売りつけに来る商人たちが、荷馬車を連ねてやってきている。
商魂たくましい限りだった。
世界の危機であっても、商人たちが金儲けに熱心であることは何も変わらない。
「はぇ~、なんだか、お祭りみたいですねぇ」
遠目に、大道芸人たちが集まった兵士たちに披露している芸の数々を眺めながら、ここ数日でどうやら元気を取り戻したらしいルナが感心したようにそう呟いた。
「ルナ。あまりのんきなことは言わないで欲しい。世界の危機なんだ」
そんなルナを、ラーミナが少し困った顔をしながらたしなめる。
真面目な性格なのだ。
「あら? でも、面白いじゃない」
そんなラーミナの性格はよく知っているはずだったが、ルナと一緒になって大道芸を眺めていたティアはそう言って笑う。
「私は賑やかな方が好きよ? あまり辛気臭いのは苦手だもの。ただでさえ、これから世界が滅ぶかどうかっていう時なんだし、明るくやりましょ? 」
「それは、そうかもしれないが」
ラーミナはティアの言葉にも説得力を感じながら、しかし、やはり思い切りはつかないと、歯に何か物が詰まった様な顔をしている。
「サムも、そう思うでしょ? 」
「えっ? ぁ、ああ、そうだな」
突然ティアから話を振られたサムは、少し遅れて頷いた。
ルナと同じ様に、サムは大道芸に見入っていたからだ。
オークに変えられる以前、サムは、こういった大道芸が大好きだった。
派手で愉快な衣装に身を包んだ大道芸人たちが、お手玉をしたり、棒の上で皿を回したり、大玉の上に乗ってバランスをとったり、時には火を噴いてみたり。
それは貧しかったサムの故郷での数少ない娯楽であり、サムの記憶の中で、楽しかった時間として記憶されている。
サムがオークに変えられてから20年。
少しも縁のなかった光景だった。
「ああ、悪くねぇ。悪くねぇよ」
サムは、ひょうきんな仕草で演技を続ける大道芸人たちを眺めながら、感慨深そうに双眸を細めた。
また、こうやって大道芸を見られる日が来るとは、思っていなかったのだ。
一行がいるのは、ウルチモ城塞の城壁の上だった。
サムが「本当は、オークに変えられてしまった勇者である」という事実を打ち明けられないままでいる現在、公には「ティアが光の神ルクスに選ばれた勇者である」ということになっている。
このため、ティアとその一行は特殊な立場に置かれていて、どの軍勢の指揮下にも入らずに、宙ぶらりんな状態だった。
複雑な立場だった。
大きな秘密を抱えたまま、嘘をつき続けなければならない。
魔王の討伐に失敗し、聖剣を失った。
このことだけでも、一行の立場は微妙なものだ。
その失敗の罪を問われても、何もおかしなことはないからだ。
ティアたちにはまだ、何の沙汰も下されていない。
魔王が復活し、魔王軍が押し寄せてくるという状況で、ティアたちの責任など問うている場合ではないからだ。
それは、ティアたちの行動がすべて不問となったことは意味していない。
あくまで、目の前にあるもっと深刻な事態に対処することが優先されているだけだ。
だから、一行の立場は曖昧なものとなっている。
扱いが明確に定まっていないから、一行は何もできないし、させてもらえない。
城壁の上にいるのは、せめて籠城戦の準備の邪魔にならないようにしていようという配慮からだった。
10代の少女たちと、35歳のおっさんオークという組み合わせはあまりにも目立ちすぎるのだ。
あちこちから集まって来た人々の中には一行の事情を知らない人々もいるから、下にいると奇異の視線で見られるため落ち着いていられなかった。
「でも、なかなかいい眺めじゃない。これだけたくさんの人が集まって戦うんだから、なんだか、魔王軍だって倒せる様な気がしてくるわ」
ティアはそう言うと、上機嫌な様子で胸壁に頬杖をついた。
それからふと、無言のままでいるリーンの方を振り返る。
「そういえば、リーン。あんたは何を見ているの? 」
ティアたちから少し離れた場所にいたリーンは、他の3人と1頭とは逆の方角、北を向いていた。
そして、唐突に左手で前方を指さす。
それは、一行が手痛い敗北を喫し、辛うじて逃げ帰って来た魔王城がある方角だった。
「アレ」
突然地面が揺れ出したのは、リーンがそう呟いた時だった。




