4-16「朝食」
4-16「朝食」
それからサムはティアたちと一緒に食事を済ませ、念願の自分の部屋で、マットの上に思い切り寝ころんだ。
これから始まる魔王軍との戦いと、失われた聖剣マラキア。
そして、自分自身の未来。
気がかりなことはたくさんあったが、サムはひとまず、久しぶりの屋内を思う存分に満喫した。
本当に、久しぶりのことなのだ。
そうして、サムはいつしか深い眠りに落ちていった。
サムは、夢を見た。
まだ人間だったころ、自分の故郷の村での記憶を元にした夢だ。
サムの生まれた家は貧しい農民の家計だったから、サムには当然、自分だけの部屋というのはなかった。
いつでも両親や兄弟たちと一緒で、粗末な作りのベッドで眠っていた。
だが、そのころのサムは幸福だった。
毎日の暮らしは貧しく、満腹した日など数えるほどしかなかったが、それでも家族が一緒だったからだ。
久しぶりに、サムは幸せな気分だった。
その幸福な眠りは、しかし、唐突に終わってしまった。
「こらっ、起きなさい! 起きなさいったら! 相変わらず、ねぼすけ! 」
サムの部屋に無断で侵入してきたティアが、いつもの調子でサムを蹴り起こしたからだった。
サムが実はもともと人間であり、光の神ルクスによって選ばれた勇者で、マールムの手によって醜いオークに変えられてしまったということを知ってからは、ティアのサムに対する態度は大きく改善されていた。
ただの奴隷オークではなく、1個の人格を持った存在として扱ってくれるようになったのだ。
だが、サムを起こす時はいつでもこのやり方だった。
サムは他のオークたちと同じように眠るのが大好きで、こうでもしなければ決して目を覚まさないからだ。
「なんだよォ、ティアお嬢ちゃん。せっかく、いい夢見てたのによ……」
「うるさいわね。こっちは、あなたのおかげで全然、眠れなかったのよ! 」
ボリボリと頭をかきながら上体を起こしたサムを、ティアは睨みつける。
「まったく、気持ちよさそうにいびきをかいて。壁越しに一晩中響いてきて、たまったものじゃなかったわ! 」
「おう、そりゃ、悪かったな」
だが、サムは少しも悪びれずに肩をすくめた。
サムだって、いびきをかきたくでかいているわけではないのだ。
それに、ティアも本気で怒っているわけでは無い様だった。
「ま、それはいいわ。いつものことなんだし。……それより、朝ごはんにしましょう。久しぶりに、ルナがご飯を作ってくれたんだから」
「へぇ、そいつは、楽しみだ」
サムは、思わず舌なめずりをしてしまった。
サムがティアと一緒になって建物の外へと出ていくと、そこでは、兵士たちの炊事用に作られた竈の1つを使って、ルナが朝食を作ってくれていた。
どこにでもありふれた、根菜などを使ったスープだったが、美味しそうなにおいが漂ってきている。
レードルでぐつぐつと煮えている鍋の中身をかき混ぜているルナは、まだ本調子では無い様だった。
それでも、ルナはみんなに心配をかけた分、頑張りたいと言って、こうして食事の用意をしてくれている。
ラーミナもリーンも、いつもの調子で、不器用ながらもルナの作業を手伝っている。
ラーミナが危なっかしい手つきでナイフを使ってスープの具材を切っていたり、リーンが全員座れるように椅子を並べていたり。
テーブルもないし、食事用のナイフもフォークもなかったが、それが一行にとっての食卓だった。
仲間で囲む、暖かな場所だ。
その光景がなんだか懐かしくて、サムはとても嬉しくなった。
やがてスープが出来上がり、ルナが人数分の木彫りの皿にスープをよそい、全員にいきわたると、朝食が始まった。
味はもちろん、申し分ないものだった。
ルナが絶妙な味付けで作ってくれたスープがあるというだけではなく、パンもウルチモ城塞で兵士たちのために焼かれた焼きたてのものを分けてもらっているから、旅の間に食べてきたあの石のように固いパンとはまるで違う。
少女たちは何度もスープをおかわりし、鍋の中身はあっという間に空になった。
そして、一行が食後のお茶をのんびりと楽しんでいる時だった。
南の方で大きな角笛の音が鳴り響き、兵士たちの歓声がどっと湧き起こった。
その異変に、一行は血相を変えて、慌てて立ち上がっていた。
とうとう、魔王軍が攻め寄せてきたのかと、そう思ったからだった。
だが、それは一行の思い過ごしだとすぐに分かった。
一行の周囲を、数名の兵士たちが「援軍だ、援軍が到着だ! 」と嬉しそうに騒ぎながら駆け抜けていったからだ。
バンルアン辺境伯が諸王国とサクリス帝国に向けて放った伝令たち。
その知らせを受けてはせ参じた人間の軍隊の第一陣が、ウルチモ城塞の南の門に到着したのだった。




