4-15「屋内」
4-15「屋内」
ティアたちが借り受けた兵舎の一室は、オークであるため体の大きいサムでも不便になり過ぎないよう、建物の入り口からもっとも近い場所だった。
人間にとっては十分なスペースをとって作られている建物でも、やはり、オークにとっては狭すぎる。
ティアの配慮は、サムにとってありがたいものだった。
それに、窮屈であっても屋内だということが、何よりも嬉しかった。
「ふぅ。やぁっとこさ、落ち着けるぜ」
サムは人間サイズのドアをどうにか潜り抜けて建物の中へと入ると、その豚鼻をひくつかせて、柱の木材や壁のレンガ、漆喰のにおいをかいで、懐かしそうに双眸を細めた。
サムが人間の建物の中に入るということは、この20年間、めったにないことだった。
魔王城は魔物の棲み処だから除外するとして、最後に人間の建物の中に入ったのは、オークの山賊団が山間部の小さな村を襲撃した時、逃げ遅れた少女を逃がしてやろうとした時しかない。
その他では、ほとんど数えられるくらいでしかなかった。
しかも、そのどの場合でも、サムがそこでゆっくりすることはできなかった。
人間はサムが魔物、オークであるというだけで攻撃の対象とみなしたし、あまりその場にとどまっていては、人間たちと望まない戦いをしなければならなくなってしまう。
サムが、自分自身が休息するため、安心して眠るために人間の建物の中へと入るのは、実質的に20年ぶりと言って良かった。
「サムの部屋、ここ。サム、大きいから、1人で1つの部屋を使えるようにしてもらった」
感慨深そうにしているサムに向かって、リーンが入り口から入ってすぐの一室を案内してくれた。
そこは、通常なら二段ベッドを2つ並べて4人で使うことになっている部屋だったが、二段ベッドはどこかへと片付けられ、サム用にマットが敷かれている。
「ほっほぅ、いい部屋じゃないの。気に入ったぜ」
その光景を見て、サムはますます嬉しそうになった。
4人で使うための部屋ではあるものの、オークであるサムにとってはそれでも余裕のない大きさの部屋だった。
だが、サムが一時的にとはいえ自分だけで使うことができる部屋だった。
サムにとっては、それだけでも望外のことなのだ。
人間用の上等のベッドなどはなかったが、これは仕方のないことだ。
サムのようなオークのためのベッドなど見たことがなかったし、第一、人間用のベッドでは、サムが寝ころんだら壊れてしまうだろう。
それに、マットはサムが手足を楽にしておける広さだけはきちんと敷かれていて、これまで散々野宿ばかりしてきたサムにとってはありがたかった。
サムは今すぐにでもマットの上に寝ころんでその感触を楽しみたかったが、しかし、その前に気がかりだったことを確認しなければならなかった。
「なぁ、リーンさん。部屋があるのはありがたいし不満はないんだが……、それより、ルナお嬢ちゃんはどうなった? 」
確認したいことは、マールムとの戦いで強いショックを受けていたルナのことだ。
安全な場所にたどり着いたらきちんと治療をするということになっていたが、それがどうなったのかをサムは知りたかった。
「こっち」
リーンは頷くと、今度はサムを隣の部屋へと案内した。
どうやらその部屋が、4人の少女たちにあてがわれた部屋であるようだった。
「しーっ、静かに」
リーンが開いてくれた部屋の扉からサムが中を覗き込むと、それに気がついたティアが口元に左手の人差し指を当てた。
サムは「分かった」と言う代わりに頷いて答え、それから、小さく安堵の溜息をついた。
その部屋の中では、ルナが、左右をティアとラーミナに囲まれて眠っていた。
それを見ただけでは治療がうまくいったのかどうかは分からなかったが、眠っているルナのそばに寄り添っているティアとラーミナのほっとしたような表情から、少なくとも悪い結果にはならなかったということは理解できる。
その時、リーンがサムの毛を軽くつかんで引っ張った。
せっかくルナが眠っているのだから、あまり邪魔をするなということらしい。
サムが部屋の中を覗き込むのをやめるのに合わせ扉を閉めたリーンは、ルナの治療の様子を小声でサムに教えてくれた。
ようやく落ち着ける場所にまでたどり着いた後、リーンは、ルナにかけていた魔法を解除した。
最初、ルナは自分が今どこにいるのか、どうなっているのか分からずにぼんやりしていたのだが、やがて記憶がよみがえると、激しく取り乱してしまった。
ルナを落ち着かせることは、とても大変なことだった。
それでも、姉であるラーミナが根気強く声をかけ続けると、ようやく現状を理解し、ルナは落ち着きを取り戻した。
その後も、大変だった。
ルナは受けたショックの大きさと、何とか安全な場所まで帰ってくることができたことで安心し、泣きじゃくった。
ルナを安心させるためにラーミナはずっと寄り添い、ルナは何時間も泣き続けた後、ようやく泣き止んだ。
そして、バンルアン辺境伯にかけあってサムを城内に入れる許可を取り付けたティアが戻ってくるころには、ルナは眠ってしまっていたのだという。
「本当に、よかった」
話の最後に、リーンは呟くように言った。
その口調は相変わらず淡々としたもので、感情らしい感情がこもっていないように感じられるものだったが、それでも、サムにはその言葉にリーンの気持ちがこもっているということを理解することができた。
「ああ。本当に、よかった」
サムがそう言って笑って見せると、リーンもかすかに微笑んだ様だった。




