4-13「帰還」
4-13「帰還」
一行は、準備を整えると砦からウルチモ城塞へ向けて出発した。
軍医は一行にもう一晩は休んでいった方がいいだろうと忠告したが、ティアはバンルアン辺境伯に詳しい報告を直接行いたいからと述べて、その提案を断った。
一行がウルチモ城塞に早く向かおうとするのは、ティアが述べた理由もあったが、何よりもまず、ルナの治療をするためだ。
ウルチモ城塞であれば落ち着いてルナの治療をできるだけの大きさと部屋があったし、その守りの要となるファンシェの鏡があるおかげで、魔物からの攻撃を過度に心配する必要がない。
砦からウルチモ城塞へ続く谷間の道では、たくさんの兵士たちとすれ違った。
前線となる各地の監視拠点を補強するためや、斥候となって少しでも多くの情報を得るため、北方への潜入を試みようとする兵士たちだった。
すれ違う兵士たちはみな、慌ただしく過ぎ去っていく。
その表情は以前見かけた時よりも一層険しいもので、すでに魔王軍との戦争が始まりつつあるのだということが実感された。
きちんとした道がある場所に戻ってきたのだから、一行は難なくウルチモ城塞までたどり着くことができた。
城塞の北門、これから魔王軍による猛攻にさらされることになる門の周囲では、城塞の守備兵たちが大急ぎで防御の強化を行っている。
敵の接近を少しでも阻止するために柵が築かれ、門を守る城壁や塔には大量の武器や矢が運び込まれ続けている。
その、忙しく工事が続けられる中で、バンルアン辺境伯は数名の騎士とともに一行を出迎えた。
バンルアン辺境伯は、やつれていた。
元々その顔色は青白く健康的ではなかったが、これから魔王軍の侵攻の矢面に立たされるという心労からか、さらに病的に見える。
「勇者殿。魔王が復活したとは、恐ろしいことになりましたな」
「はい。……役目を果たせず、何の面目もありませんが、こうして帰って参りました」
バンルアン辺境伯の言葉に、ティアはそう言って頭を下げた。
サムこそが光の神ルクスによって選ばれた勇者であるという事実は、明かさないということに決めてある。
そうなると、魔王を倒すべく選ばれた勇者はティアであるということで、今後も通さなければならない。
サムは、頭を下げるティアの様子を眺めながら、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
もっとも、ティアが示しているしおらしい態度は、彼女の本心からのものに違いなかった。
ティアもまた、聖剣マラキアが砕かれたことに対して責任を感じ続けている。
「魔王の復活を阻止できなかったのみならず、聖剣マラキアさえも失うこととなってしまいました。この上は、少しでも多くの魔物を倒し、人々の役に立ちたいと存じます」
「わかりました。……諦めなければ、光の神ルクスの加護もきっとありましょう」
バンルアン辺境伯はそう言って天を仰ぎ見、光の神ルクスへ祈りを捧げると、一行に向かって「お疲れでしょう。ひとまずは城の中でお休みください」と提案してくれた。
相変わらず丁重な態度だった。
「お心遣い、感謝いたします」
ティアはバンルアン辺境伯の言葉に再び頭を下げ、素直にそのもてなしを受けることにした。
「ただし。……申し訳ありませんが、その魔物は別です」
和やかな雰囲気だったのが、バンルアン辺境伯のその一言で変わった。
辺境伯がそう言うのと同時に、護衛についていた騎士たちが一斉に剣を抜き放ち、少女たちに続いて城内に進もうとしていたサムを取り囲んだからだ。
「お、おい、な、何だって言うんだよ? 」
以前ウルチモ城塞へ入った時には、サムは家畜同然の扱いではあったが入城自体は許されていた。
それなのに、今回は「これ以上、城塞に近づけば斬る」と言わんばかりの対応だった。
サムは緊張で額に汗を浮かべながら、戸惑うしかなかった。
オークに人間の武器は通用しないはずだったが、魔物との最前線で戦ってきたウルチモ城塞の騎士たちはそのことを心得ているらしく、その手にしている剣には神々が使っていたとされる古代文字が刻み込まれていて、強力な魔法の力を宿している様だった。
突然の事態に、ラーミナはまだ感情を抑える魔法の解かれていないルナを守る様に身構えて刀の柄に手をかけ、リーンはいつでも呪文を詠唱できるようにしながら、リーダーであるティアの様子をうかがった。
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ、辺境伯! 」
ティアも慌てているらしく、公的な場面用のおしとやかな態度を忘れている様だった。
「この人は! ……あっ、えっと、コイツは私たちの奴隷なんです! 魔王城では、私たちと一緒に戦ったくらいなんだから、信用してください! 」
「魔王城でこの魔物がどの様に振る舞ったのか、私は存じ上げませんが」
しかし、バンルアン辺境伯は冷静に言う。
「この者が魔物であるという事実には何も変わりがありません。……以前は城内への立ち入りを許しましたが、今は事情が異なるのです。例え、勇者殿の奴隷であろうとも、魔物をこの城内へと立ち入らせるわけには参りません」
ティアは、言葉に詰まった様だった。
サムこそが、本物の勇者なのだ。
オークの姿をしているが、それは魔法によって姿を変えられてしまっているだけのことで、本当は人間なのだ。
それをバンルアン辺境伯に説明することができれば、事は簡単だった。
だが、その事実は、秘密にしておかなければならない。
聖剣マラキアはすでに破壊されており、その上、本物の勇者がオークに姿を変えられ、その勇者としての力を封印されていると知ってしまえば、全ての希望が失われたと思って戦うどころではなくなってしまうかもしれないからだ。
「……いいさ。辺境伯の言うことはもっともだ」
次の言葉が出ずに、うー、とか、あー、とか、唸っているティアを見るに見かねて、サムはそう言った。
それから、ため息交じりに自嘲する。
「俺は、オークだもの。城の外にいるさ」




