4-12「報告」
4-12「報告」
一行は、ほぼ丸1日眠り続けた。
それだけ疲れがたまっていたのだ。
ようやく目を覚ました一行は砦の警備兵たちから食事を分けてもらって空腹を癒し、それから、砦の一画に集まった。
これからバンルアン辺境伯に対して行うことになる「詳細な」報告で、どこまで話すべきかを相談するためだった。
魔王が復活したということは、すでにバンルアン辺境伯に知らされている。
この報告を受けて辺境伯は早馬を飛ばし、その早馬を受けて、人類側は進撃してくる魔王軍を迎えうつ準備を進めているところだった。
だが、これは魔王城で起こった出来事のほんの一部でしかない。
一行が知らせたのは、「今後の状況に対応するために必要な最小限度」の情報でしかなかった。
サムが、実はオークなどではなく、光の神ルクスによって選ばれた勇者であること。
20年前にオークに変えられ、以来、人間に戻ることができずに、オークとして生きてきたということ。
そして、聖剣マラキアが砕かれ、失われてしまったということ。
その事実を、どこまで話していいのか。
あるいは、何も話さないでおくべきなのか。
「俺は、黙っておいた方がいいと思うぜ」
そう提案したのは、サムだった。
その言葉を聞いて、ティアが怪訝そうな顔をする。
「どうしてよ? アンタが……、いえ、あなたが本当の勇者様なんでしょう? それを黙っていたら、サム、あなた、ずっと私たちの奴隷っていうことになっちゃうじゃない。事実を知らせれば、サム、あなたもこんな扱いを受けなくて済むようになるのよ? 」
こんな扱いというのは、丸一日屋外で野ざらしにされる様な扱いということだ。
「それを、証明できねぇんだ」
ティアの言うことももっともだったが、サムは首を左右に振った。
「聖剣マラキアは壊されちまったし、俺が勇者だったっていうことを証明できるものは何も残っていねぇ。俺が勇者に選ばれたことを知っていた人たちは、あのマールムの野郎に国ごと綺麗さっぱり消されちまっているしな」
「でも、魔法をかけられてオークにされているっていうことは、魔術師なら分かるはずでしょう? 現に、リーンは「違和感」を覚えたって言っていたし」
「ティア。……それ、あまり確実じゃない」
ティアに名前を出された当の本人が、ティアの意見を否定した。
「サム、変な状態。でも、とてもかすかにしか分からない。きっと、20年もオークのままだったせい。魂が入れ物の形に馴染んで、違和感が小さくなっている。よほどの魔術師じゃないと、きっと分からない」
「そうかもしれないけど、でも、あなたには分かっていたんじゃないの? 」
「私も、自信はなかった。だから言わなかった。それに、私がサムの「変」に気がついたのは、私が魔法実験で作られた合成人間だから。……ルナは、とても優秀な魔術師だけれど、気づいていなかった」
普段あまり長くしゃべらないリーンが長文を話したことに驚きつつも、その意見を理解したティアはそれ以上反論できずに言葉に詰まった。
ルナは、相変らずぼんやりとした虚ろな目で、虚空を見つめている。
何とか人間のいる場所までは戻ってくることができたが、彼女の心の傷を癒すのに専念できるような安全な場所ではないため、まだリーンが魔法をかけたままなのだ。
「私も、コイツが……、いえ。サム殿が勇者だということは、黙っておいた方がいいと思う」
続いて口を開いたのは、妹であるルナを心配する様に、彼女の隣に寄り添うように腰かけていたラーミナだった。
「サム殿が勇者だということを証明できるかどうかということもあるが、この場合、サム殿が、勇者がオークに姿を変えられているということ自体が問題だと思う」
「問題って、なによ? 」
ティアは、さらに問題が複雑化する予兆を感じ取って嫌そうな表情を浮かべたが、それでもラーミナに続きを促した。
ラーミナは頷いて、それから、どう話すべきかを少し頭の中で整理してから、話始める。
「勇者というのは、魔王を倒せる唯一の存在、私たち人間にとっての希望なんだ。勇者でなければ、魔王は倒せない。これは、今回の戦いで私たちが嫌というほど思い知らされたことだ。……それで、魔王軍との戦いが始まろうという時、魔王を倒すための聖剣マラキアが失われ、それを手にするべき勇者も、オークに変えられてしまっていると人々が知ってしまったら、どうなるだろうか? 」
「みんな、戦えなくなる」
ラーミナの言葉を、リーンが引き継いだ。
「勇者は、人間が魔王に勝てる、希望。その希望があるから、最後には勝てると思えるから、みんな、戦える」
「だが、もし、その希望さえ無いのだとしたら。あるいは、ウルチモ城塞の初戦でさえ危うくなるかもしれない。必ずそうなるとは限らないが、リスクは避けた方がいいと思う。このまま、ティアが勇者のフリを続けた方がいい」
ラーミナはそう言って締めくくり、その意見を最後まで聞いたティアは、難しそうな顔をしながら腕組みをした。
ここで苦しい思いをしても、きっと、魔王を倒して、また平穏な日々を取り戻すことができる。
これから戦うことになる兵士たちは、その希望があるから、戦うことができるのだ。
それは、ティアたちが一番よく、肌で感じて知っていることだった。
マールムによって聖剣が破壊された時、一時的にとはいえ、ティアたちは戦う意思を失っていた。
自分たちの行ったことが取り返しのつかない事態を招いてしまったという自責の念と、魔王を倒せるという希望を失ってしまったせいだった。
それが、これから編成される人類軍全体に広がってしまったら、戦争どころではなくなってしまうだろう。
「それに、だ」
サムは、優秀ではあるもののまだまだ未熟な少女たちに、厳しい現状を告げざるを得なかった。
「ティア。もし、聖剣を破壊されてしまったことだけじゃなく、お嬢ちゃんたちが本物の勇者でないと知られてしまったら、それはとてつもない「罪」に問われることになる。勇者であると騙っていたことになっちまうんだからな。だから、俺が本物の勇者だっていうことは、隠さないといけないと思う。でなきゃ、最悪、処刑ってこともありえる」
そう指摘されて、ティアはしまった、という顔をする。
どうやら、そのことをあまり深刻に考えていなかった様だった。
それから、ティアは再び自分のしでかしてしまったことを思い起こし、落ち込んでうなだれた。
「分かったわ。……その点は、何とか、ごまかして伝えることにしましょう」
しばらく悩んだのちに、ティアはそう言った。




