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オーク35歳(♂)、職業山賊、女勇者に負けて奴隷になりました ~奴隷オークの冒険譚~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第4章「復活の時」

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4-11「早馬」

4-11「早馬」


 魔王城での戦いですっかり時間の感覚が麻痺まひしてしまっているから、一行がどれほどの時間で雪山を踏破することができたのかは定かではない。

 それでも、往路と比べると短い時間でその難所を抜けることができた。


 クラテーラ山と人間の世界とを隔てる雪山を抜けた後は、谷筋を通ってウルチモ城塞へと向かっていった。

 人間が作った監視拠点などが点在する場所まで到着すると、旅路はずっと安全で安定したものとなっていった。


 一行が魔王城から帰還したことは、伝令によってウルチモ城塞の城主、バンルアン辺境伯へと急いで知らされた。

 魔王が復活をとげたというその報告が、もっとも足の速い兵士が不眠不休で駆け続けて、バンルアン辺境伯の下へと届けられた。


 この知らせによって、魔王が復活したことは、人類にとっての共通認識となった。

 バンルアン辺境伯はすぐさま諸王国とサクリス帝国に向けた書状を書き上げ、それを何人もの伝令に持たせて出発させた。


 伝令たちは早馬を使い、駆けて、駆けて、駆け抜けた。

 人間の世界には駅伝制が敷かれており、ウルチモ城塞から事態を知らせる伝令は一定間隔で置かれた駅で馬を乗り継ぎ、その最大速度で走り続けることができた。


 この早馬の報告により、人間たちは魔王が復活したことを確信し、急速に動き始めた。

 戦争の準備が始まったのだ。


 各領主たちは自身の領内に動員命令を発し、兵士をかき集め、同時に戦争に必要な物資を買い集めるために奔走ほんそうした。


 各国が一斉に動き出したのは、人類の世界にはその有史以来、変わることのない約束が生き続けているからだった。


 もし、魔王が復活し、魔王軍が押し寄せてくることになったら。人類も一致団結して戦う。

 例え、お互いに争いごとを抱えているような状態であっても、世界を危機から救い出すために全てを水に流し、共に魔王軍に立ち向かう。


 自身を「光の神ルクスの下で戦った戦士の末裔」と定義している諸王国の領主たちにとって、この約束事は決して破ることのできないものだった。

 争いを好むもの、好まないもの、何も関係ない。

 戦わなければ、この世界は滅ぼされてしまうのだ。

 領主たちは持てる全ての兵力をかき集めて、できるだけ多くの戦士と共にウルチモ城塞まではせ参じる義務を背負っていた。


 もちろん、こういった戦争の準備には時間がかかる。

 領地のあちこちに点在している兵士たちに連絡して呼び集めるのにも、兵士たちの装備を整えなおして、戦場で有効に戦える部隊として編成しなおすのにも、兵士たちに必要な補給物資を準備してそれを輸送する手はずを整えるのにも、時間が必要だ。


 それに、ウルチモ城塞からの早馬を受けてから本腰を入れて準備をし始めた国々がほとんどだったから、ウルチモ城塞から離れた国ほど準備に時間がかかった。

 伝令の到着に時間がかかった分、動き出すのがどうしても遅れてしまうからだ。


 それでも諸王国は、眠りから覚めた様に動き出している。

 ウルチモ城塞にはこれから続々と軍勢が集まり、魔王軍と対決するための大軍がひしめくことになるはずだった。


 人類全体に危機を知らせ、魔王軍と戦う準備をさせるという重要な責任を果たした一行は、魔物たちを監視するためにウルチモ城塞の北方にいくつか築かれていた砦の1つで1泊することになった。


 雪崩なだれに巻き込まれて以降、無理に進むことを止めて確実に旅を続けてきた一行だったが、決して急いでいないわけでは無かった。

 ただ、より注意深く、慎重になっただけだ。


 魔王城でマールムと戦い、敗北してから、最短時間でここまで戻ってきたのだ。

 一行の疲労の色は濃く、顔色は悪く装備も傷んでいて、その姿は悲惨なものだった。

 砦の警備隊長が慌てて軍医を呼んだほどだ。


 軍医の診断の結果、一行には十分な休息が必要だということになった。

 ティアたちは断ろうとしたが、その足取りはおぼつかないもので、軍医の指示を受けた砦の警備兵たちに医務室へと押し込まれてしまった。

 こうして、一行は1日だけ休息をとることになった。


 もちろん、「奴隷」であるサムは少女たちとは別の扱いだ。

 ティアたち以外はまだ、サムが、光の神ルクスによって選ばれた勇者であり、20年前にオークに姿を変えられてしまったのだということを知らないでいる。

 警備兵たちはサムが少女たちの所有物であるということを知っていたから敵とみなして攻撃するようなことは無かったが、かといって厚遇するようなこともなかった。

 そもそも、人間の建物はオークが使うようにはできていないということもある。


 サムが案内されたのは、砦の門のすぐ近くの空いているスペースだった。

 かがり火があるだけで野ざらしの場所だったが、サムは特に文句を言うこともなく、城壁に寄りかかって休むことにした。


 自分が「本当は勇者なんだ」と言ってところで、いったい誰が信じるというのだろうか。

 サムはどこからどう見てもオークにしか見えず、よほど優秀な魔術師でなければ違和感さえ抱くことができないほど強力で巧妙な魔法によってその姿に変えられている。


 簡単に見破れるくらいだったら、サムは20年間もオークではいなかったはずで、とっくに人間に戻ることができていただろう。


 それに、サムもまた、疲れ果てていた。

 少女たちのために道を作ろうと雪の中を常に先頭をきって歩き続けてきたわけだったし、さすがのオークの身体でも、疲労の色は濃い。


 砦の中とはいえ屋外、それも冬空の下だから、人間であれば下手をすると凍死してしまう様な環境だった。

 だが、オークであるサムにとっては、あまり関係がなかった。


 サムはオークでいたくてオークでいるわけでは無かったが、雪崩なだれに巻き込まれても大けがをせずに済んだり、こうやって野ざらしでも寒くなかったりと、そんなに悪いものでもないかもなと思った。


(ああ、とにかく、今は何もかも忘れて眠りたいぜ……)


 サムはパチパチと音を立てて燃えているかがり火の炎を眺めながら、いつの間にか目を閉じていた。

 ぐォー、がー。大きないびきが辺りに響き渡り、警備の兵士たちが気味悪そうに、そして迷惑そうな顔をしている。


 サムは、夢を見ることもなく眠り続けた。


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