4-10「帰路」
4-10「帰路」
一行は、雪山の中をできるだけ急いで進み続けた。
道は安全より速度を重視したものを選び、休憩も最小限にとどめて、ひたすら雪をかき分けながら前へと進んだ。
それは、惨めな旅路だった。
少女たちは前にここを通った時、「自分たちの手で魔王を倒すのだ」という決意を抱きながら、希望と共に進んだ。
だが、自分たちがどれほど願おうと、光の神ルクスに選ばれていない少女たちは勇者となることはできず、魔王はおろか、その配下の魔物1体に対しても歯が立たず逃げ帰るしかなかった。
それに加えて、自分たちの選択によって聖剣マラキアは砕かれることとなり、世界は破滅へ向かい始めている。
その後悔と自責の念を抱きながら進む旅路は、苦しいものだった。
サムもまた、責任を感じていた。
こんなことになるのなら、あの時、聖剣を抜かなければよかったと、そう思っている。
サムは一度、全てを諦めていた。
マールムによって醜い魔物、オークへと変えられ、20年。
どんなに頑張っても人間へと戻ることはできず、サムはオークとして生きる自分を受け入れた。
そんな自分が、変わりたいと、そんな欲を出したばっかりに。
聖剣マラキアは破壊されて、人類の希望は失われた。
変わろうなどと、思うのではなかった。
サムは自分を責め続けた。
もっとも、サムが聖剣マラキアに手を伸ばさずとも、運命は大きくは変わらなかったのに違いなかった。
あのままサムが何もしなければ、マールムは聖剣マラキアをその手中に収めてしまっていただろうし、魔王の復活だって起こっていただろう。
それでも、サムは後悔せずにはいられなかった。
一行の旅路は往路よりも帰路ではより過酷なものとなった。
精神的に辛いものであるというだけではなく、雪山の自然も、牙を剥いたのだ。
ある時は猛吹雪に見舞われ、降り積もった雪に横穴を掘って数日間、その場にとどまらなければならなかった。
帰り道を急いでいる一行にとっては、なんとももどかしい限りだ。
それに、荷物を少しでも軽くするために食料なども多くを置き去りにしてきてしまったため、足止めをされることは本当に辛いことだった。
ようやく吹雪が終わって天候が回復すると、一行は急いで旅路を再開した。
こうしている間にも魔王軍はその陣容を整え、進撃を開始しているかもしれないのだ。
だが、焦れば焦るほど、事態は悪化した。
一行はサムを先頭に、雪を踏み固めて道を作りながら進んでいたのだが、吹雪の後で急に天候が回復したため、新雪が緩んで雪崩が起こってしまったのだ。
その雪崩に、サムは、背負っていたルナと一緒に巻き込まれてしまった。
猛然と襲いかかってくる雪の壁の中に飲み込まれ、坂を転がり落ちる樽の中に詰め込まれたかのようにぐるぐるとかき回される感覚は、それはもう、恐ろしいものだった。
サムはオークに変えられて以来、その身体の頑丈さには信頼を置いていたのだが、そのオークの身体でも耐えきれないのではないかと、そう思うほどだった。
一番心配だったのが、ルナだった。
オークである自分さえどうなるのかわからないのに、華奢な体躯しか持たないルナが、この事故でも無事にいられるだろうか。
それでも、2人とも無事だった。
雪崩の結果サムは斜面を滑り落ちて雪の中に埋まってしまったが、オークの豚鼻の先端が辛うじて雪の外に突き出たことで呼吸ができたのだ。
オークはその毛皮と分厚い皮下脂肪で寒さには強かったから、ティアたちがサムを探し出して掘り起こしてくれるまで、サムは難なく耐えることができた。
ルナも幸運だった。
ルナは雪の中にすっかり埋もれてしまったのだが、サムが背負っていた料理鍋が彼女の頭の周りに偶然隙間を作って、呼吸することができたのだ。
それに、怪我もほとんどなかった。
雪に飲まれながらサムが必死になって庇ったというのもあったが、サムが背負っていた旅荷物の中にはテントを張るための布などもあり、それがクッションになってルナを守ったのだ。
ただ、雪から掘り起こされる時は、ちょっとしたホラーだった。
手で掘り起こしているのでは時間がかかるからと、リーンが炎の魔法を使ってサムの周囲の雪を溶かしたからだ。
サムが実は勇者だったということを知った今、リーンがサムを焼き殺すようなことは無いはずだった。
それでも、サムの脳裏には、初めて少女たちと出会った日の戦いで、何の躊躇もなくサムの仲間たちを炎で焼き払ったリーンの姿が焼き付いている。
自分の毛皮に引火したら、どうなるか。
サムは気が気ではなかった。
だが、リーンは上手に魔法を調整して使った。
サムの嗅覚は多少香ばしい臭いを感じ取りはしたが、サムの毛が数本焦げただけで救出は無事に済んだ。
救出が済んだ後、一行は安全な場所を見つけて、久しぶりにまともな休憩をとった。
これまではとにかく旅路を急ごうと強行軍を続けてきたが、それではちゃんと帰りつけないのではないかと思い始めたからだ。
急ぐあまり、一行は危険な道を選んできた。
それがかえってこの様な事故につながり、もう少しで取り返しのつかないことになるところだったのだ。
急いで、クラテーラ山で起こったことを知らせなければならない。
それは何も変わってはいなかったが、あまり焦りすぎるとかえって時間がかかると、一行は学んでいた。
4人の少女と1頭のオークは食事をとり、装備を修繕して整えなおし、交代で睡眠をとると、再び出発した。
今度は、一行が下山するまで、雪山の天候は荒れることは無かった。




