4-9「大戦」
4-9「大戦」
噴火したクラテーラ山のマグマで煌々(こうこう)と照らし出された火口の中に、魔王の姿があるのをその目で見たわけでは無かった。
身体を突き抜けていった、触れるだけで不吉な予感に覆われそうになる、圧倒的な、邪悪な力の波動。
そして、自分たちを追いかけることをやめて魔王城へと集まった魔物たちが、クラテーラ山の火口へ向かって、何かにすがる様に一心不乱に祈り続けているその姿。
それらから、魔王が復活したと、そう確信せざるを得なかった。
(そんな……、いくらなんでも、早すぎるんじゃねぇか? )
サムは息を整えながら一瞬だけそう思ったが、しかし、すぐにおかしくもなんともないということに気がついた。
光の神ルクスが勇者を選び出し、人々に魔王を倒すように予言を行ったのは、20年も前のことなのだ。
勇者として選ばれたサムはマールムによってオークへと姿を変えられ、人間たちは世代を超えて、その事実を知らないまま勇者を探し続けたが、その20年という歳月の間も魔王は着々と力を蓄え続けてきていたのだ。
もう、いつ復活してもおかしくない様な状態だったのに違いない。
それに加えて、聖剣マラキアが砕かれたということも、影響しているのかもしれない。
聖剣は魔王を倒すための切り札であり、魔王を封印するための鍵となる存在だった。
その鍵が失われたことで、魔王の復活を阻止し続けていた封印が一気に解けてしまったのかもしれない。
太古に行われた神々の大戦から数千年。
人間は光の神ルクスの導きにより魔王の復活を阻止し続け、世界の平穏を保ち続けてくることができた。
魔物との戦いは終わることなく続いていたが、しかし、魔物たちは個としては強くとも、それらを統率する魔王を欠いたことで集団としては弱く、人間はこの世界の住人としてその地位を保ってきた。
魔王が復活した。
この意味は明白だった。
これから、今まではまとまりを欠き人間の集団としての力を前に劣勢を強いられてきた魔物たちが、神話に描かれた強力無比な軍団となって進軍してくるのだ。
「みんな、急ぎましょう! 」
一行は、ティアのその言葉で正気を取り戻した。
魔王が復活し、これから始まるであろう大戦の幕開けを前にして、呆然としている様な余裕は一行にはなく、とにかく、急いで人間の世界へと帰りつかなければならなかった。
クラテーラ山が噴火した瞬間に解き放たれた巨大な魔力の波動は、世界の各地にいる魔術師たちによって正確に把握されていることだろう。
そして、魔王が復活したのだということも当然、推測されているはずだ。
それでも、クラテーラ山にもっとも近い場所でその光景を目撃した一行によって、確かに報告されることが必要だった。
人間たちは長い年月の間に繁栄を遂げ、世界各地に広がっている。その人間たちを1つに束ね魔物に対抗するためには、「かもしれない」、もしくは「そうであろう」ではだめなのだ。
少女たちもその目で魔王を確認したわけでは無かったが、マールムによって打ち砕かれてしまった聖剣の残骸が、何よりの証明となるはずだった。
聖剣マラキアは長く人間たちが魔王に対抗するための切り札となってきた存在で、それが砕かれてしまったということが、重大事が起こってしまったことの象徴となるはずだ。
本物の勇者でもないのに、勇者と偽り、魔王へ挑んで、魔王と戦うことすらできずにその配下の魔物に敗れてしまった。
そのうえ、人間たちにとっての救世主となるはずの勇者は20年も前にオークへと姿を変えられており、その勇者としての力を発揮することができなくなっている。
極めつけに、聖剣は砕かれ、そして、魔王が復活してしまった。
これらの事実を、少女たちはどういう顔をして人々に報告すればいいのだろうか。
場合によっては、少女たちは捕らえられて、罪に問われることになってもおかしくはない。
それでも、少女たちにはそれを報告する義務があった。
もし、自分たちがここで起こった出来事を報告せず、魔王が復活したことに対する危機感を人類が共有することが遅れて、これから攻め寄せてくる魔物たちの軍勢に敗北するようなことになれば、世界は滅んでしまう。
世界は、このクラテーラ山の周囲の様な暗黒に包まれ、恐ろしい魔物たちが跳梁跋扈するものとなってしまう。
一行は、魔王が復活したことに魔物たちが夢中になって、自分たちを追撃することを忘れている間に急いで雪山装備を掘り起こし、それらを身に着けた。
埋めた道具の全てを掘り起こしたわけでは無い。一行は時間を惜しんで、雪山を踏破するのに必要なものだけを選んで装備し、後は土の中に埋まったままにした。
たった今、やっとの思いで逃げ出してきた魔王城の周辺では、そこに集まった魔物たちが興奮して、大騒ぎを続けている。
人間にとって魔王とは恐ろしい敵だったが、魔物たちにとっては、何千年間もその復活を願い続けた「救世主」に他ならなかった。
魔王は魔物たちを統率し導く王であり、その魔王の指揮の下で戦い、勝利すれば、この世界を魔物のものとすることができるのだ。
魔王が復活したことを感じ取ったのか、クラテーラ山の周辺には、さらに魔物たちが集まりつつある様だった。
まず真っ先に駆けつけてきたのは翼のある魔物たちで、噴煙の中に光る稲妻に照らされて、不気味なシルエットが無数に映し出されている。
翼を持たない魔物たちもきっと、それぞれの棲み処から続々とこの場所へと向かってきているのに違いなかった。
あるいは、魔王が復活したことで暗黒神テネブラエが支配する世界と通じる門が開かれ、その門を通って、さらに多くの魔物たちが溢れ出てきているのかもしれない。
それらの魔物が、人間の世界へ濁流となって襲いかかってくる。
その光景を想像して、サムは自身の背筋が寒くなるのを感じ、その身体中に嫌な汗がにじんでくる。
「早く戻りましょう。魔物たちが動き出す前に」
ティアのその言葉で、一行は再び歩き始めた。
一刻も早く、この危機を世界中に知らせなければならなかった。
世界が滅亡するか、守られるか。
それを決める大戦が、始まろうとしている。




