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オーク35歳(♂)、職業山賊、女勇者に負けて奴隷になりました ~奴隷オークの冒険譚~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第4章「復活の時」

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4-7「退却」

4-7「退却」


 退却するしかない。

 それはもう、決まりきったことだった。


 これ以上先に進んだところで少女たちには魔王を倒す方法がなかったし、マールムを相手にまた全滅させられてしまうだけだ。

 次に全滅させられてしまえば、もう、少女たちが復活することはないだろう。

 蘇生薬は貴重な品でもう予備はなかったし、マールムは今度こそ念入りに少女たちにトドメを刺して回るだろう。


 次に自分たちがどうするべきか。

 悩む様な選択肢はなく、少女たちはすぐにでも動き出すべきだった。

 ここは魔王城の奥深くで、これまでの戦いで一時的に周囲から魔物たちは姿を消しているが、魔王城の外には数えきれないほどの手強い魔物たちが徘徊はいかいしている。


 すぐにでも、ここから遠く離れ、安全な場所に逃げ込む必要があった。


 何といっても、ルナのことがある。

 今の彼女はリーンの「禁じられた魔法」によって強制的に感情を制限されているが、それは正常なことではない。

 リーンによれば、このまま魔法で無理やり精神を拘束し続けると、ルナの心に深刻な影響が生じる恐れさえあるのだという。

 魔法が解かれても、ルナが感情らしいものを持つことがなくなる可能性があるというのだ。


 ルナを癒すために、安全な、ゆっくりと治療に専念できる場所へ向かうことが必要だった。


 それでも、一行はすぐに出発することができなかった。

 戦いによって消耗し、一度は命を失うところまで至った直後なのだから、少し体力を取り戻さなければ旅を続けることができないという理由があるからだ。


 加えて、とても「歩き出す」気分にはなれなかったのだ。


 聖剣は砕かれ、魔王を倒す術が失われてしまった。

 それに、魔王を倒すために選ばれし勇者は、20年も前にオークに姿を変えられてしまっており、その本来の力を発揮することができない。


 自分たちがどんなに苦労して、困難を乗り越えようと、魔王を倒して世界を救うという目的を果たすことはできない。

 旅を続けても、無駄に終わる。

 そう思うと、とても旅を再開するような気分にはなれなかった。


 光の神ルクスからの予言があってからすでに20年。勇者が醜いオークに変えられてしまったことに少しも気づかず、人間が無為に時を過ごしている間に、魔王「ヴェルドゴ」はその力を蓄え、着々と復活の時が近づきつつある。


 魔王がいつ復活するのか、それは分からない。

 だが、いずれにしろ、自分たちが、人間がそれを阻止することはもう、出来なくなってしまったのだ。


 そして、聖剣マラキアが失われたことについては、少女たちにも責任があった。

 マラキアを破壊したのはマールムだったが、もし、少女たちが「自分たちで魔王を倒そう」などと思い立たず、こんなところまで来なければ、今の事態は起こりえなかったのだ。


 つい少し前の少女たちには、希望と、自負があった。


 どんなに探しても、光の神ルクスに選ばれた勇者を探し出すことができない。

 そうであるのなら、自分たちがこの世界を救って見せよう。


 例え、今は聖剣マラキアを抜くことができなくても、この世界を救うために必死になって、決して諦めなければ、光の神ルクスは必ず力を貸してくれるし、聖剣だって使いこなすことができる。

 少女たちはそう信じて、ここまで戦ってきたのだ。


 だが、そんな希望は、いとも容易たやすく、そして、無慈悲に打ち砕かれてしまった。

 聖剣は最後まで少女たちの祈りには答えてくれなかった。


 後悔と、無力感と、絶望。

 それらは、少女たちから「前へと進む」意欲を奪い去っていた。


 それでも、一行はしばらくして、旅立つ準備を始めた。

 のそのそと、ほとんどまともに眠ることなどできなかった眠りから目覚め、道具をまとめ、装備を整え、瓦礫の下の隠れ家から這い出した。


 進む先には、自分たちがこれまで苦労して、ようやく乗り越えてきた道がある。

 背後には、自分たちと魔王の玉座の間とを隔てる巨大な扉がそびえている。


 ティアはその扉を一瞥すると、きゅっ、と口元を引き結んで険しい表情を作り、それから、「行くわよ」と短く号令した。


 その言葉を発することが、ティアの、リーダーとしての役割だった。

 自分がここまでみんなを導いてきてしまったのだから、みんなを連れ帰る責任も自分にはある。

 ティアはその役割から逃げないことを選んだ。


 サムは、重い足取りで進む一行の最後尾を進みながら、ティアの背中を眺めていた。


 もし、自分がオークではなく、勇者のままだったら。

 20年前の惨劇が起こらず、勇者として発見され、そして、聖剣マラキアをサム自身の手で携えてここまでたどり着いていたら。

 自分は、ティアの様に、旅の仲間を最後まで導く役割を果たすことができただろうか。


 サムは、オークにされてからの20年の間に、すっかり自分自身が「醜いオーク」であることを受け入れていた。


 サムだって、自分に考えつく限り、できる限りの努力はした。

 それでもサムは人間に、勇者に戻ることはできなかった。

 そうして、サムは全てを諦めて、オークとして生きてきた。


 15歳の少年から、35歳のおっさんオークへ。

 いつの間にか自分は年を取って、人間でいた時よりオークでいた時間の方が長くなってしまった。


 それなのに、サムは何1つ成し遂げたことはなかった。

 人間に戻ることも、ましてや、勇者として世界を救うという役割も。


 自分が経験した絶望。

 それと同じくらいのものを味わっているはずなのに、自分の娘であってもおかしくない様な年頃の少女は、それでも歩き始めた。


 できることなら、力になりたい。

 サムはそう思っていた。


 全ては悪い方へ、悪い方へと傾いている。

 それでも、もう、サムは諦める様なことはしたくなかった。


 あの、マールムの不愉快な笑い声が頭の中に蘇る。

 「惨めに生きろ! 」という、あざけりの言葉が、はっきりと浮かんでくる。


 実際、今のサムは惨めだった。

 最悪の状況から抜け出す展望も、何か救いがあるのではという希望も、何もない。


 この現状を変える方法を、サムは知らなかった。

 少女たちにだって、少しも分からないだろう。


 それでも、何かを少しでも変えたいのならば、前へと進む他はなかった。


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