4-6「勇者のいない世界」
4-6「勇者のいない世界」
一行は治療を終えると、これ以上奥に進むことを諦め、ウルチモ城塞まで戻ることとして、最後に休息をとった瓦礫の下の空洞に移動してキャンプを張った。
自らを「魔王軍の四天王の生き残り」と名乗ったマールムを前に冒険者パーティは敗北し、全滅したのだから、これ以上の強行軍は自殺行為でしかない。
それに、魔王を倒すために必要な切り札、聖剣マラキアは砕かれ、バラバラになってしまったのだ。
例えこのまま進んで魔王のところまで到達できたとしても、魔王を倒して封印することができないのだから、一度退くという選択をする他はなかった。
一行は瓦礫の下の空洞で身だしなみを整え、破壊された装備を外して予備のものを身に着けてから、そこで食事をとることにした。
ひどい味の食事だった。
マールムを前に一方的な敗北をした後というだけではなく、普段一行の食事を準備してくれているルナが調理に一切加わることができなかったせいだ。
塩漬け肉と野菜の漬物で作ったスープは塩辛かったし、味に何の深みも無くて水っぽかった。
硬く焼き固められたパンを浸して食べるとより一層その貧相な味わいが強調されて、ただでさえ沈みがちな気分がさらに暗くなっていく。
一番良い味だったのが、水分を失って表面が硬くなった古いチーズだった。
やがて食事の片づけが終わると、ティアが口を開いた。
「それで? ……あんたが、ルクス様に選ばれた、勇者だっていうのね? 」
ティアからの問いかけに、サムは視線をそらすようにしながら頷き、リーンも肯定した。
「マールムは、そう言っていた。……自分が、サムをオークにしたって。……確かに、サム、変な感じがしていた。魂が、正しい入れ物に入っていない。そんな違和感があった」
「ちょっ!? リーン、アンタ、最初から気づいていたわけっ!? 」
ティアは思わず叫ぶと、「どうしてもっと早く言わなかったのよ! 」と言いたそうにリーンを睨みつけた。
しかし、リーンは少しも悪びれた風もなく、相変らずのジト目のまま首をかしげる。
「違和感があっただけ。自信、無かった。それに、ティア、何も聞かなかった」
ティアはショックと怒りで震えていたが、やがて、ため息をつく。
「はぁ……。アンタは昔っからそういうコだったものね。確認してみなかった私も悪かったわ。……でも、ああ……、頭痛い」
ティアはそう言って額に手の平を押し当てながらうなだれ、ラーミナは魔法をかけられて眠っているルナのかたわらに寄り添ったまま、沈痛な表情を浮かべた。
すぐには信じられるような話ではなかっただろう。
少なくとも、2人ともサムが自分から「俺が、実は勇者だったんだ」などと言い出したところで信じたりはしなかっただろう。
だが、リーンは一部始終を聞いていた。
リーンは一行の中で正式な仲間として認められている1人であり、その言葉は信用に足るものだった。
まして、リーンは一行を助けるのに重要な働きをしている。
疑うような余地はどこにもなかった。
それに、リーンがマールムからの攻撃を受けながら何とか逃げ延びてくれたおかげで、一行は助かったのだ。
もし、マールムによって全員が殺されてしまえば、もう誰も、彼女たちを蘇生できる者はいなかっただろう。
蘇生できるといっても、限度というものがあった。
死から長い時間が経過して魂と肉体とが完全に離れてしまえばどんな方法を使ってももう生き返らせることはできないし、こんな北の大地に、魔王の牙城にまで一行を助けに来てくれるような人間がいるはずもない。
誰かが何としてでも生きていて、倒れた仲間を蘇生しなければならなかった。
淡々と自身の役割を最大限に果たしたリーンの言葉は、ティアとラーミナにとって重たいものだった。
どういった因果か、自分たちが気まぐれで奴隷にしていたオークが、自分たちの本来の旅の目的である勇者様だったのだ。
とても信じられないことだったが、それを、少女たちは信じなければならなかった。
それに加えて、大きな問題があった。
魔王を倒して再度封印するための切り札である聖剣マラキアが、砕かれてしまったのだ。
その破片は、魔王の玉座の間から退却する際にできるだけ拾い集めて持ってきてはいた。
その柄も、鞘も、そっくりそのまま持ってきている。
だが、聖剣がまとっていた聖なる光は欠片も残されておらず、そこに込められていた魔法の力も失われてしまっている。
聖剣は破壊され、魔王を倒す手段は失われてしまった。
聖剣が失われた。
その上、魔王を倒すものとして光の神ルクスによって選ばれ、その力を分け与えられた勇者であるはずの人物は、マールムによって醜いオークへと変えられてしまっている。
少女たちの心は暗く沈んでいた。
自分たちが、その親の世代から世界中を旅して、20年もの間探し続けてきた勇者が、オークに姿を変えられてしまっているのだ。
自分たちの努力の果てには、最初から、絶望しかなかった。
それを知らずに、世代を超えて、20年。
少女たちが旅に出てからはまだ1年ほどしか経過してはいなかったが、それなりに苦労もしてきたし、辛い道のりだった。
そして、それだけの苦難を乗り越えた先には、失敗が約束されていたという事実を知ってしまったのだ。
親の世代から20年間もかけながら探し続け、勇者を発見できなかったことから、魔王が復活するのを阻止するためには自分たちが戦うしかないと考え、ここまでやってきてしまったことも後悔の1つだった。
20年という時間は少女たちを焦らせ、勇者が見つからなければ、自分たちの手で世界を救って見せるという決意を固めさせた。
だが、そうしてここまでやってきた結果が、完全な敗北と、聖剣マラキアの破壊だった。
魔王を封印するための切り札は失われた。
そして、探し求めていた勇者は、醜い魔物、オークへと変えられてしまっている。
こんな状況に陥って、ここから、どうすれば世界を救えるというのだろうか。
それは、少女たちにはあまりにも深刻で、抱えきれないほど大きな事柄だった。




