4-1「滅びの記憶」
4-1「滅びの記憶」
20年前。
魔物の攻撃によって、1つの国が滅ぼされた。
国、と言っても、本当に小さなものだった。
いくつかの集落を1人の領主が束ねる、総人口数千人にも満たない国。
サムが暮らしていたその国は、20年前に炎と破壊の中に消えた。
サムは、その時の記憶を、表面的には思い出さないようにしていた。
だが、実際には、ひと時たりとも忘れられたことはない。
突如現れた、たった1体の魔物。
赤黒い鮮血の様な長い髪を持ち、ひょろ長い手足を持った、二刀を操る魔物。
その魔物の、気色悪く不愉快な、甲高い笑い声。
訪れた破滅の中で、人々は戦い、あるいは逃げまどい、そして、倒れていった。
騎士や兵士は次々と切り裂かれ、抵抗する術を持たない民衆は炎の魔法によって焼き払われた。
その惨劇の中を、サムは生き延びた。
いや、正確には、生かされた。
(世界を救う力を、あなたに授けましょう)
サムがその不思議な声を聴いたのは、惨劇が起こる数日前の明け方だった。
当時のサムはオークなどではなく、人間の子供、少年だった。
その声は優しげで、悠遠な女性の声で、サムは目覚める前の幸福なまどろみの中で、その声を確かに聴いた。
その後、サムの身体には不思議なことが起こった。
体中に力がみなぎり、これまで使うことのできなかった魔法が使えるようになり、そして、怪我をしてもすぐさま治る力を手に入れた。
サムはその変化に戸惑いもしたが、同時に、自分が光の神ルクスによって選ばれたのだと理解した。
魔王を倒し、世界の平和と安定を保つための使命を与えられたのだと、サムは思った。
そんなサムの目の前に、マールムは現れた。
マールムは全てを破壊し、殺戮した。
サムが生まれた村を、国を、人々を、友人を、家族を。
サムから全てを根こそぎ奪い去り、そして、サムが光の神ルクスによって選ばれたということを知っていた人々を根絶やしにし、サムが魔王を倒す者、勇者であるという事実を炎によって焼却した。
そうしておいて、マールムは、サムを殺さなかった。
殺すことができなかったからだ。
勇者は、光の神ルクスから、神の力の一部を与えられている。
その中には、その、魔王を倒すという使命を与えられるまで、決して死ぬことはないという力も含まれている。
勇者は、例え倒れたとしても必ず蘇生し、光の神ルクスを祭って作られた聖堂の祭壇にて復活する。
だから、マールムはサムを殺さなかった。
サムを殺さずに、呪いをかけ、オークに変え、勇者としての力を封印した。
魔王が復活すれば、この世界は再び、大戦の渦の中へと巻き込まれる。
それを阻止するためには、魔王が力を取り戻し切らないうちに勇者が聖剣マラキアによって魔王を打倒し、新たな封印をしなければならなかった。
魔王の復活を阻止するために勇者が選ばれ、旅をし、聖剣マラキアによって魔王を倒して、封印する。
それが、この世界でくり返されてきた歴史だった。
裏を返せば、勇者さえいなければ、魔王の復活は誰にも阻止することはできないということだ。
だから、マールムは、サムの故郷を徹底的に消滅させることで、サムが光の神ルクスによって選ばれたという事実を知る者を根絶やしにし、そして、サム自身を魔物であるオークへと変えてしまうことで、その勇者としての力を封印するのと同時に、人間たちが勇者を探し出せないようにしたのだ。
いったい誰が、魔物で、醜いオークを、人類の救世主だなどと考えるだろうか?
サムは、20年前までは人間だった。
だが、醜いオークへと変えられ、そして、全てを奪われた。
それ以来、サムは魔物として生きてきた。
自分が光の神ルクスに選ばれたという事実を忘却し、何の希望もなく、絶望と喪失と共に生きてきた。
15歳の少年だったサムは、35歳のおっさんオークになった。
若いころは、何とか人間に戻れないかと試しても見たが、何をやってもうまくいかず、いつしかサムは、自分が醜いオークとして生きていくことを受け入れていた。
サムは、諦めたのだ。
サムは自分に使命が与えられたことを知っていたが、20年もの歳月が経つうちに、「新しい勇者がとっくに選ばれたはずだ」と、そう思っていた。
自分が人間に戻ることはできず、醜い魔物、オークとして生きる他はない。
そんな自分はもう、勇者などではないのだと、サムはそう信じる様になっていた。
だが、現実はそうではなく、サムは、本来であれば20年前に手にしていなければならなかったはずの剣を、その手にしている。
自身の故郷を破壊し、人々を殺戮した魔物。
マールム。
その魔物を前にして、サムは、聖剣マラキアをその手にしている。
サムは力を手にしている。
運命が、サムに与えられた使命が未だに生きているのだ。
サムは、自分にとって、戦うべき時が来たのだと、そう感じていた。
目の前でマールムが、サムが表面的には忘れたつもりになっていても、実際には片時も忘れることができなかった、不愉快な甲高い声で哄笑している。
「ぎゃは! ぎゃははは! ケッサクだ! 本当にケッサクだ! あの時の小僧が、醜いオークのおっさんになって、我輩の前に! ギャははははっ! どんな偶然だよ、オイ? 」
サムは、聖剣マラキアの切っ先を挟んでマールムを睨みつけながら、徐々に呼吸を整えていった。
20年前の惨劇は、サムの心に深い傷となって残されている。
その記憶が、サムの身体を縛り付け、サムに少女たちと共に戦うことを許さなかった。
だが、サムはようやく、覚悟を決めた。
ここで、あの魔物と、憎い憎い相手と、決着をつけるのだ。
そして、もし、自分が戦ってマールムを倒すことができれば、勇敢に戦った旅の仲間たち、4人の少女たちを救うことができるかもしれない。
サムの心の中には恐れの気持ちが根を張ってうごめいていたが、しかし、サムにはもう、立ちすくんでいることはできなかった。
このまま何もしないでいるなんて、絶対に嫌だった。
サムは、野太い声で、ケダモノの咆哮を上げた。
それは凛々しく勇ましい勇者の姿などではなく、醜い怪物、オークに過ぎなかった。
それでも、サムは聖剣マラキアを手に、マールムに向かっていった。




