3-18「奴隷オーク」
3-18「奴隷オーク」
「ぉおっとぉ? 力加減、ミスっちまったかなぁ? 」
ルナが動かなくなったことに気がつき、マールムは残念そうだった。
「もっと、もぉっと、いい顔が見られると思ったのによォ」
マールムはそう言うと、ルナの身体を床の上に無造作に落とした。
頸椎を砕かれたルナは人形の様に床の上に転がる。
その双眸にたたえられた、まだ体温の残っている涙が、ルナの頬を伝って冷たい石の床の上に流れ落ちた。
「いや、待てよ? 」
突然何かを思いついたらしいマールムは、気味の悪い声で笑う。
「ヒャハ! 確か、下等な魔物どもの中に、石化の魔法が使えたやつがいたよなぁ? そいつに石化魔法かけさせれば、このお嬢ちゃんのこの顔をずぅっと楽しめる! ひは、ヒヒヒヒヒ! 食卓に飾って毎日眺めるぞ! 我輩、やはり天才か! 」
気色の悪い声で笑い続けるマールムを、戦いの間中、少しも動くことのできなかったサムは、強い後悔にさいなまれながら眺めていた。
少女たちは、強敵を相手に勇敢に戦った。
そうして、自分の娘であってもおかしくない様な年頃の少女たちが、死んでいった。
それなのに、サムは、1歩も動くことができなかった。
それは、脳裏に刻み込まれた過去の記憶が、サムの頭の中に鮮明に蘇ったせいだった。
サムは、マールムのことを知っていた。
そして、その記憶は、炎と、破壊と、殺戮と共にある。
いくつもの悲鳴が折り重なり、反響してサムの頭の中に響き渡り、その声が、光景が、サムの身体をすくませた。
サムは、恐ろしかった。
怖くて、動けなかったのだ。
だが、サムは、そんな自分のことを後悔し、嫌悪していた。
自分が戦いに加わったところで、マールムに勝てるはずなどなかった。
それは、頭では理解している。
それでも、自分は、少女たちとともに戦うべきだった。
そういう強い思いが、徐々に湧き上がって、サムの身体の震えを止めた。
「んんぅ? なんだぁ、お前はア? 」
やがて、サムの存在に気がついたマールムはそう言って首を傾げた。
「お前、確か、この哀れな人間どもに、奴隷として飼われていたオークだったなぁ? 偵察に出した魔物どもからの報告にあったぞ。どういう経緯でそんなことになったかまでは知らんしどーでもいいが、この通り、お前のご主人様たちは全滅だ」
マールムはサムにほとんど興味を持っていないようで、そう言いながら床に突き刺していた刀を拾い上げ、血のりを払って鞘の中へとしまう。
サムの方には、全く意識を向けていない。
「外の魔物たちと合流し、戦いに備えるがいい。……人間どもが20年間も勇者を探し出せなかったおかげで、魔王様は十分に力を取り戻された。もう、間もなく復活なさる。おまけに、聖剣もこちらの手に渡り、人間どもの切り札は失われたのだ。魔王様が復活なされば、忙しくなるぞォ? この世界から1人残らず、光の神ルクスの眷属を根絶やしとするのだからな! 」
それから、マールムは機嫌よさそうに笑うと、ティアから奪った聖剣「マラキア」が転がっているはずの方向へと視線を向けた。
マールムはそこにある光景を見ると、心底怪訝そうに、何もかも理解できない、あり得ないという風な表情を浮かべる。
そこには、聖剣マラキアに手を伸ばすサムの姿があったからだ。
「貴様、オークの分際で、何をしようとしている? 」
それは、暗に「殺すぞ」という意味を含んだ言葉だった。
サムは、恐怖で額に汗を浮かべ、身体を震わせながら、しかし、それでも聖剣マラキアをその手に取った。
そして、その柄に手をかける。
「なん……、だと? 」
そして、マールムの表情が、驚愕で引きつった。
ティアが、何度も引き抜こうとして、抜くことのできなかった聖剣。
それが、サムの手で、いとも簡単に引き抜かれたからだ。
鞘から抜き放たれた聖剣マラキアは、その刀身に聖なる光を宿し、青白く輝いた。
その刀身には曇り一つ、傷一つなく、研ぎ澄まされた刃は怜悧な美しさをたたえている。
サムはその場に鞘を落とすと、聖剣マラキアを右手で構えた。
人間のために作られた武器だから、オークであるサムの手にマラキアは馴染まない。
それでも、聖剣は真の持ち主の手に渡ったことを喜ぶように、輝いている。
「お前は、忘れているだろうが! 」
サムは、切っ先の向こうにマールムを睨みつけながら、野太いオークの声で叫んだ。
「20年前! お前は俺の故郷を破壊し、みんなを殺した! ……そして今、俺の仲間を殺した! だから! 俺は、ここで! お前を殺す! 」
「20年前、だとぅ? 」
サムの言葉に、マールムはいぶかしむ様な顔をする。
自身の記憶を手繰り寄せ、何とか当時のことを思い出そうとしているようだ。
そして、マールムは、耳障りな甲高い声で爆笑した。
「きゃは、ギャハハハハハ! ギャーッはッはははは! こいつは、ケッサクだ! これ以上ないケッサクだ! ハハッ! うひひっ、ィーひっヒッヒヒヒヒヒ! 」
マールムは腹を抱えて笑い、嗤った。
サムは、そんなマールムを、恐怖と、殺意の入り混じった視線で睨みつけている。
必死に、呼吸を繰り返す。
恐怖を乗り越え、戦う勇気を呼び起こそうと、サムは自分を鼓舞している。
そんなサムを、マールムは嘲笑する。
「思い出した! 思い出したぜぇ、オーク! お前が、お前こそが光の神ルクスによって選ばれし者ォ! 20年前、光の神ルクスが予言した救世主! ……そして、我輩によってオークに姿を変えられた、哀れな哀れな、勇者様だぜぇ! 」




