3-17「そして、冒険者たちは全滅した」
3-17「そして、冒険者たちは全滅した」
※作者注:残酷描写あります
魔王の玉座の間に、マールムの下品な笑い声がこだまする。
その足元では、徐々に体温を失っていく少女が、力なく横たわっている。
「そんな、ティアさん! そんなっ……」
ルナは、先に重傷を負って動けなくなった自身の姉に向かって必死に回復魔法をかけ続けながら、双眸から涙をこぼした。
これまでも、誰かが「死ぬ」ということはあった。
だが、そういった危機も、何とか立て直せる様なものであって、事実、これまでは回復魔法や蘇生薬の使用が間に合って、少女たちは誰一人として欠けることなくここまでやってくることができた。
だが、今度は違う。
すでにティアとラーミナが倒れ、そして、目の前にはほとんど無傷にしか見えない魔物の姿がある。
迅速に処置をすることができれば、ティアもラーミナも、助かる可能性は高かった。
いや、ほぼ確実に救うことができるだろう。
だが、あの、強大な魔物と戦いながらでは、到底治療など行えない。
2人とも、死んでしまう。
そして、自分自身も、魔物に殺される。
ルナは、恐怖と、絶望をその顔に浮かべていた。
ルナが見開いた双眸で見つめる先で、マールムは自身の髪に燃え移った炎を悠然ともみ消していた。
炎の魔法によってマールムは若干焼け焦げてはいたが、ほとんど無傷に等しく、その顔にはすでに勝利を確信しているかのような笑顔が浮かんでいる。
やがて、火を消し終ると、マールムはその視線をルナの方へと向けた。
「さぁ、お嬢ちゃん? お嬢ちゃんも、我輩がお姉さんたちのところに送ってあげよう」
「ひっ!? 」
マールムの赤黒い鮮血の色をした瞳を向けられた瞬間、ルナは小さく悲鳴を漏らし、その場に尻もちをついた。
その体は震えていて、満足に力が入らない様だった。
「ダイジョーブ! 死ねば、暗黒神テネブラエ様の下で、その僕としてお仕えすることができるのだ。何も怖くはない、怖くはないんだよォ、お嬢ちゃん」
マールムは愉悦に歪んだ笑みを浮かべてそう言い、それから、ルナを一刀で屠るために刀を振り上げた。
マールムが床を蹴って自身へと向かってきても、ルナは、逃げることができなかった。
元々接近戦には慣れていないということもあったが、やはり、4人の少女たちの中ではもっとも幼く、恐怖に身体がすくんで動けなかったからだった。
マールムが刀を振り下ろそうとする直前、ルナの左手に突然、何かが巻き付いた。
それは、サムを奴隷とした後、街でティアが買ってすぐ飽きて捨てて、その後リーンが拾って興味深そうに眺めていた鞭だった。
しなやかにルナの手に絡みついた鞭はルナの身体を引っ張って、紙一重でルナをマールムの斬撃から救い出した。
引っ張ったのは、リーンだ。
リーンは、放心状態にあるルナの肩を叩き、押し出すようにしながら、こんな状況なのに相変わらず抑揚に乏しい声で言う。
「ルナ、走る。振り返らないで、逃げる」
それだけを告げると、リーンは、今度はマールムへと向かっていった。
ルナを逃がすための囮となるつもりの様だ。
「ハッハァ、魔術師ィ! さっきは、熱かったゾォ! 」
マールムは楽しそうにそう言って笑うと、標的をリーンへと切り替え、斬撃を浴びせた。
リーンは、その手に剣も、杖も持っていない。
マールムの斬撃を受ける術はなく、ただ、その攻撃を素早い身のこなしでかわすしかなかった。
本当に、素早い身のこなしだった。
マールムの斬撃はリーンの髪を、ローブをとらえて切り裂いたが、しかし、リーンの身体をとらえることはできなかった。
それに、リーンの身体は柔軟で、当たる、と思った攻撃も、その柔らかく、そして細い身体で回避して見せた。
それどころか、リーンは魔法の呪文を詠唱し、至近距離でマールムに炎を浴びせさえした。
それは炎の槍の様に威力を凝縮していない、ただ炎をマールムに浴びせるだけのものに過ぎなかったが、それでも、マールムは一時、その炎の中に飲まれた。
「アッチィーなー! アッチィヨぉっ! 」
だが、マールムは、嬉しそうに笑う。
巧みな動きを見せる敵との戦いを楽しんでいる様だった。
そして、マールムを包んでいた炎が、今度は一斉にリーンへと襲いかかった。
「けどなぁ! 我輩も、炎は操れるのだぁっ! 」
マールムが叫び、リーンは咄嗟に防御の呪文を唱えたが、間に合わなかった。
炎はリーンの魔術師のローブへと燃え移り、炎がリーンを包み込む。
「死ねぇい! 」
その瞬間を逃さず、マールムは刀を横に一閃した。
炎に包まれたリーンのローブが上下に分断され、力なく地面に横たわった。
その光景を、ルナは、尻もちをついたまま見ていた。
リーンから逃げる様に言われ、そう言われたことを自身の頭は理解していたが、しかし、身体が少しも動かなかったのだ。
ルナの頭の中は、真っ白になっていた。
目の前の状況をどうにかしなければと焦燥に駆られ、そして、どうすることもできないと、絶望に支配されている。
そんなルナを、マールムは喜悦に満ちた笑みで見下ろした。
そして、自身の刀をルナの近くの床に次々と突き刺し、その音を聞くたびにビクッ、と電流が走った様に震えるルナの姿を目にして、ますます笑みを濃くした。
「かわいい、とてもかわいいねぇ、お嬢ちゃん」
マールムはそう言うと、その細長い腕をルナの首筋へと伸ばす。
「お嬢ちゃんは、特別に、我輩がこの手でテネブラエ様のところに送って差し上げよう」
マールムの両手が、ルナの首筋をそっと掴んだ。
そしてマールムは易々とルナの身体を持ち上げ、ルナの顔の位置を自身の視線の高さに合わせる。
ルナは、抵抗することができなかった。
ただ、恐怖に見開かれた双眸から涙を流しながら、マールムの歪んだ笑みを見返すことしかできない。
マールムの腕に力がこめられる。
ルナは自身の気道を塞がれ、苦しそうに喘いだ。
生存本能が働き、ルナの身体が暴れ、マールムの手を振りほどこうと必死にあがき始める。
だが、やがて、メキ、っという、何かが砕かれる嫌な音が響くと、ルナの身体から急に力が抜けた。
ルナの手も足も力なく垂れ下がり、そして、もう動くことはない。
4人の冒険者たちは、全滅した。




