3-16「選ばれざる者」
3-16「選ばれざる者」
※作者注:残酷描写あります
ティアの手は、確かに聖剣「マラキア」の柄を握っていた。
だが、ティアがその剣を引き抜こうと力を込めても、剣は鞘から抜かれることはなく、まるで刀身と鞘が何かの力で結合しているかの様にビクともしなかった。
「ど、どうしてっ!? 」
ティアは、戸惑いと、焦りの入り混じった表情を浮かべる。
何度試しても、聖剣「マラキア」は、ティアの手によっては引き抜くことができなかった。
「ハッハァッ! 教えてやろうかア! 」
何度も、何度も何度も何度も、必死になってマラキアを引き抜こうとするティアを意地悪な笑みを浮かべて眺めていたマールムは、そう言ってティアに右手に握った刀の切っ先を向けた。
「聖剣はァ、お前の手では抜くことはできなイィ! 何故ならァ、お前は「選ばれし者」では無いカラだァっ!! 」
それからマールムは、上体をそらし、実に愉快そうに、あの下品な笑い声をあげる。
そして唐突に真顔になって、ティアの方を眺めた。
「って言ぅかよぉ、んなこたぁ、オめーが一番よく知ってるんじゃ無いのかよォ? なのに、ノコノコこんなところまで来やがってヨ、いったい、どういうつもりだったんだ? 」
「うるさい、うるさいわよ! 」
ティアは眦に涙を浮かべながら、それでも諦めずに、自身が背負ってきた聖剣マラキアを、鞘に納まったまま両手で構えた。
抜くことができずとも、このままでも戦うつもりである様子だった。
「ええ、そうよ! 私は本物の勇者なんかじゃない! 私は、本当は「勇者を探すために」旅に出たの! でも、でも! 勇者なんて、どこにもいやしない! 」
ティアはそう叫ぶと、鞘に納まったままのマラキアを頭上に高く掲げた。
「光の神ルクス様からのお告げがあってから、20年! 私たちの親の世代から、ずっと、勇者様を探してきたのに! それでも、見つからない! だから……、だから! 私が「勇者」になるって、そう決めたのよ! 」
ティアは叫び終わると、そのまま、マールムに向かって吶喊した。
同時に、ティアがこういう行動に出ることを予測し、強力な魔法の長い呪文を詠唱していたリーンが、呪文を唱え終えた。
マールムを中心として、無数の炎の槍が生み出される。
円形に、数百本。
まるで、何百もの槍騎兵がマールムを取り囲み、一斉に攻撃しようとしているようだった。
「ヒョホっ!? 」
突如自身を取り囲んだ炎の槍の大群を前に、マールムは驚きと歓喜の笑みを浮かべた。
リーンが左手を高く掲げ、振り下ろすのと同時に、炎の槍は一斉にマールムへと群がった。
マールムに逃げ場などなかった。四方八方から降り注いだ炎の槍はマールムに襲いかかり、その着弾の爆風と噴煙でその姿を覆い隠す。
ティアは雄叫びを上げながら、マールムがいたはずの場所へと突っ込んでいった。
例え、自分が本物の勇者などではなく、ただ、聖剣「マラキア」を一時預けられているだけに過ぎないのだとしても。
この世界を救うために自身の全てを出し切れば、必ずうまくいく。
聖剣だって、自身の思いに応えて、きっと、引き抜くことができる。
そう信じている様だった。
だが、ティアが炎の槍によって生まれた噴煙の中に飛び込もうとした寸前、その煙の中から、マールムの鋭い斬撃が放たれた。
「ぐっ!! 」
ティアは辛うじて鞘に納まったままのマラキアでその斬撃を受けたが、その威力に突進の勢いを押し返され、足を止めた。
そこへ、二刀流のマールムのもう一方の刀による斬撃が襲いかかる。
片手で振るわれているのにもかかわらず、素早く、そして、重い斬撃が連続してティアを襲った。
ティアは徐々に押され、そして、激しい斬撃の衝撃に手が耐え切れなくなって、ティアの片手がマラキアの柄を手放してしまった。
「ハッハァ! 鍛錬が足りておらんぞォ、小娘がぁっ! 」
ティアの表情が、しまった、という後悔と、追い詰められたという恐怖で染め上げられる。
勝ち誇ったマールムは、ティアに振り下ろすために高々とその手に持った刀を振り上げた。
その瞬間、リーンが新たに放った炎の矢が、マールムの顔面を直撃した。
紅蓮の炎が自身を魔王軍四天王の生き残りだと自称する魔物の顔を焼き払い、マールムの赤黒い鮮血の様な色の髪へと燃え移って荒れ狂う。
だが、リーンが必死に呪文を詠唱してティアを援護するために放った魔法でも、マールムを止めることはできなかった。
振りかぶった刀は、体勢を崩した状態からまだ立ち直れていなかったティアを襲い、ティアの手にあった聖剣「マラキア」の側面をとらえ、彼女の手から弾き飛ばした。
「マラキアがっ! 」
魔王を倒すために不可欠なものであり、この場の切り札となるはずの聖剣を奪われて、ティアの視線は反射的に弾き飛ばされたマラキアのことを追っていた。
そして、それが致命傷となった。
ティアの意識が逸れた瞬間、マールムが左手に持った刀が鋭く突き出され、ティアが身に着けていた胸甲を突き破って、ティアの腹部、ちょうど胃のある辺りを貫いた。
「よそ見はいけないなぁ? 勇者志望のお嬢ちゃんよォ? 」
マールムは、憐れむ様な、そして蔑む様な笑みを浮かべると、ティアの身体に突き刺さった刀を無造作に引き抜いた。
その瞬間、ティアの身体から鮮血が溢れ出て、彼女の衣服を黒く濡らしていく。
重傷を負ったラーミナの様子を見に行っていたルナが、悲鳴を上げた。
だが、ティアは悲鳴を上げなかった。
体内の出血が口元まで溢れ出て、その喉を塞いでしまったからだ。
「ぐっ……、がっ……」
ティアはわずかにそううめき声をあげながら膝をつき、その場に倒れ伏した。




