3-14「マールム」
3-14「マールム」
一行は最後の準備を整えると、装備を整えて、隠れ家から出発した。
ここにたどり着くまでの間にすでに多くの魔物と戦ってきていたから、隠れ家から魔王の玉座の間までの最後の道筋では、魔物と遭遇することもなく進むことができた。
4人の少女たちと1頭はここまで困難な戦いを乗り越えてきたが、その甲斐があって、魔王の親衛隊も消耗しているのかもしれない。
だが、サムは、玉座の間の扉を前にして、強い不安を抱いていた。
なんだか、ここまで誘い込まれているような気がして、自分たちは敵の罠の中に入ろうとしているのではないかと思えてきてしまったからだ。
「みんな、警戒しましょう。罠かもしれないわ」
ティアも、サムと同じ危惧を抱いている様だった。
少女たちも同様で、ティアの言葉に頷くと、それぞれの武器を握りなおし、慎重に扉へと接近していく。
罠かもしれない。
そう思いつつも、少女たちはそれでも前へと進もうとしている。
そんな少女たちの姿を見て、サムも、覚悟を決めることにした。
魔王の玉座の間と自分たちとを隔てている扉からは物音ひとつ聞こえず、魔物が潜んでいる気配も感じ取ることはできなかったが、しかし、あの扉の先に、数えきれないほどの魔物たちがひしめいていたとしても、全く不思議なことではない。
一行が踏み込んだ瞬間、魔王軍の親衛隊が大群で襲い掛かってくるかもしれない。
激しい戦いとなるはずだし、その戦いを突破できるという自信は誰にもなかった。
だが、引き返すことはできない。
魔王の復活を阻止しなければ、人類は滅亡の危機に瀕することになるからだ。
魔物であるサムにとっては無関係な話かもしれなかったが、ここまで来てしまった以上、サムももはや少女たちと一蓮托生だった。
「行くわよ」
ティアはそう短く言うと、玉座の間の扉に手をかけ、そして、呪文を唱えて、その扉を吹き飛ばすような勢いで開いた。
ティア、ラーミナ、サムが、前衛となって押し寄せてくる魔物たちを迎え撃つべく、雄叫びを上げながら玉座の間へと突っ込んでいく。
その後ろで、ルナが2人と1頭のためにバフをかける呪文を唱え、リーンが強力な攻撃魔法の呪文を唱え始める。
だが、一行はすぐに拍子抜けしてしまって、その場に立ち止まった。
一行が想像していた、部屋を埋め尽くすような魔物の大群はどこにも見当たらなかった。
それどころか、魔物の姿さえ、ほとんどない。
そこに、だだっ広くガランとした空間にいた魔物は、たったの1体だけだった。
その1体の魔物は、人間に近い形をしていた。
正確には、人間が模して造られたとされる、神々の姿に近い形をしている。
高い身長と、細長い手足を持つ、肌の色が白い魔物だった。
その身体には鈍色の甲冑を身にまとっていて、両方の腰に、いくつもの突起を持ち湾曲した形の大きな刀を佩いている。
顔のほとんどが現れる様になっている兜からは、刃の様な2本の角が突き出しており、そして、目にも鮮やかな、赤黒い鮮血の色をした長髪が垂れている。
その魔物は、玉座の間の最深部、おそらくは魔王自身が鎮座していたのであろう、白亜の大理石の様な材質で作られた玉座に向かって跪きその向こう、クラテーラ山の火口に封じられた魔王に向かって祈りを捧げているようだった。
魔物は、悠々とした態度だった。
恐らく、ティアたちが玉座の間に踏み込んできたことには気がついているはずだったが、まるで歯牙にもかけず、魔王の玉座に向かって頭を垂れている。
少女たちは、お互いに顔を見合わせた。
玉座の間に突入すれば、その瞬間から激しい戦いが始まるものだと覚悟していた。
だが、そこには強力な魔王の親衛隊の大群の姿はなく、見たことのない様な魔物が1体いるだけで、あまりにも静かだった。
ただ1体でそこにいる魔物も、まるで彫像の様に動かない。
少女たちはその魔物を警戒しつつも、自分たちがどう動けばいいのかすぐには判断ができず、慎重に歩きながら、その魔物との距離を縮めていく。
サムは、違った。
その魔物の姿を見た瞬間、表情を強張らせて、金縛りにあったかの様に立ち往生した。
全身から冷や汗が流れ出してくる。
サムの体はガタガタと震え、自然と、両手がきつく握りしめられた。
サムはもう、動きたくとも、動けなくなってしまっていた。
サムは、その魔物のことを、知っていたからだ。
アレに、近づいてはいけない。
サムは何度も少女たちにそう叫ぼうとしたが、しかし、あまりの恐怖に体が強張って声が出ない。
少女たちは、サムが立ち止まったことには気づかず、その魔物と距離を縮めていった。
やがて、魔王に祈りを捧げていた魔物は、ゆっくりと立ち上がった。
少女たちがその動きに警戒して前進を止め、戦う構えをとる前で、その魔物はゆっくりと目を開き、一行を眺めて、笑った。
闇の中に、赤黒い鮮血の色をした瞳が不気味に輝いている。
その口元がゆがみ、薄っすらと笑みが作られる。
それは、自身の目の前に現れた4人と1頭を、嘲笑う笑みだった。
「よおこそ! 人間たち! 光の神ルクスに選ばれし勇者と、その仲間たちよ! 」
その魔物は、甲高い声でそう言い、まるで、一行を心の底から歓迎する様に両手を左右に広げた。
耳にするだけで不愉快になる、そんな声だった。
「魔王様は未だに眠っておられるが、我輩が代わって歓迎しよう! 歓迎するぞ、心から! 」
「歓迎、どうも。魔物さん」
予想していなかった状況に戸惑い、警戒して、その魔物から距離をとって立ち止まったティアが、精一杯の強がりの笑顔を浮かべて口を開いた。
「それで? あなたは何者? 見ての通り、私たちは魔王に用事があるのだけれど、そこを通してくれるのかしら? 」
魔物は、ティアの問いかけにすぐには答えなかった。
まるで値踏みでもするようにその魔物は少女たちを眺め、それから、人間の作法で恭しく一礼して見せた。
ただし、その視線は決して、ティアたちから外さない。
「お答えしよう、勇者殿。我輩の名はマールム。かつての魔王軍四天王の最期の生き残りにして、魔王様の復活を心より願う者! ……そして! そして! 貴様らをこの先に通すかどうか、それは、答えるまでもない! 」
マールムと名乗った魔物は、両手を腰へと伸ばし、身に着けていた刀を抜いた。
二刀流だ。
それから、下品で不快な、甲高い声で嗤う。
「ギャッハハハハハ! お前らなんか、通すわけないだろうが! お前たちの旅はぁ! ここで終わりなんだよォ! 」




