3-13「決戦前」
3-13「決戦前」
困難を乗り越えて、一行はとうとう、かつて魔王が鎮座していたという玉座の間を目前とする場所までたどり着いた。
すでに、どれほど長い間、迷宮をさまよっているのかわからない。
魔王の王宮はあちこちが破壊され、崩落してしまっているうえに、その外は常にクラテーラ山の火口からの噴煙によって光を遮られていて、暗い。
時間の流れなど、全く知る術がなかった。
玉座の間を前にして、一行は休憩をとることとした。
魔王はクラテーラ山の火口に封じられており、玉座の間を超えたその先にいるはずだったが、魔王の下にたどり着くために通り抜けなければならない道のりの入り口にあたる玉座の間には、聖剣マラキアを携えし勇者たちの侵入を阻止せんと、魔王の親衛隊が最後の抵抗を試みてくるはずだった。
これまでの戦いも激しかったが、玉座の間での戦いは、これまでとは比べ物にならないほどの激戦となるはずだった。
時間がわからない中で、一行はここまでやってきていた。
途中、何度か休憩はとっているものの、周囲に魔物たちがいる中でうまく隠れながらの休まなければならず、心の底から安心して休むことができたことはない。
玉座の間で起こる戦いは、魔王と対決するために乗り越えなければならない最後の、そして最大の障壁だった。
その戦いに臨む前に、少しでも体調を整え、準備をしておかなければならない。
幸いなことに、玉座の間へと至る道筋の途中に、魔物たちに気付かれていない空間があった。
王宮の瓦礫が積み重なっている中にたまたま出来上がった空間で、魔物たちから姿を隠すことのできる隠れ家だった。
4人と1頭が入り込むと窮屈ではあったが、他に休めるような場所もない。
一行はその隠れ家で最後の休憩をとることとして、食事と仮眠を交代でとり、装備を整えなおす。
「しかし、よく、こんな場所を知っていたな」
サムは、みんなが火傷しないようにリーンが調整して生み出した魔法の炎に照らされたその隠れ家で、固く焼かれた保存用のパンと切ったベーコンとチーズを挟んだだけの食事をとりながら、感心したようにそう言った。
「なんと言うか、偶然にしちゃ都合がよすぎる。ま、オレには窮屈だが、お嬢さんたちには十分そうだしな」
実際、瓦礫の中にできたその空間は、サムにとってはぎりぎりの大きさしかなかった。
今も、サムは身をかがめているのにも関わらず、瓦礫の天井に頭がついてしまっている。
「ああ、それは、先代の勇者様とその仲間たちが残した手記に、ここのことが書いてあったからですよ」
サムの疑問に、ルナが、破れたラーミナの衣服を縫いながら答えてくれる。
「神々の大戦が終結してから、何千年も経過しているからな。人間が、魔王の復活を阻止するために戦ってきた回数は、数百回にもなる。生きて帰ってくることに成功した勇者様は、私たちの様な後輩のために、貴重な記述を残してくれているのだ」
妹に服を縫われながら、砥石で剣を研いでいたラーミナがそう言った。
「なるほどなぁ。しかし、魔物ってのも、案外間抜けなんだな」
魔物が「自分たちより弱い」と散々見下している人類が、魔王の攻略法の知識をしたたかに積み上げていることに感心し、また、それにまるで気がつかずに人間を侮っている魔物たちを滑稽に思って、サムは笑った。
「アンタも、そういう魔物の1頭じゃないのよ」
そんなサムに、「調子に乗るんじゃないわよ」と言いたそうにティアが言った。
彼女は今、水筒の水に固焼きのパンを浸し、柔らかくしながら食べているところだった。
サムはオークだからそのまま食べられるのだが、固焼きのパンは少女たちにとっては石の様に硬い。
水で柔らかくしているのは、さすがにここではスープなどは作れないし、そもそも材料もないためだった。
ちなみに、リーンは会話には加わらず、静かに仮眠をとっている。
「アンタ、土壇場で裏切ったりしないでしょうね? 」
「いまさらそんなことはしないさ。ま、信用してくれって言うのも、変な話だがな」
パンを千切って器に注いだ水に浸しながら疑うような視線を向けてくるティアに、サムは肩をすくめて見せた。
「それより、お嬢ちゃん。アンタこそ、しくじらないでくれよ? 魔王はその聖剣を持った勇者様にしか倒せないのだろ? 」
「……。フン、なまいきね。分かっているわよ、そんなこと」
サムにそう指摘されると、ティアは少し不機嫌になってそっぽを向いた。
(ここまではうまく来れたが……、しかし、本当に大丈夫か? )
サムは疲れもあって深くは突っ込まず、ただ、内心でそう不安に思いながら、ガリボリと固焼きのパンを咀嚼して飲み込んだ。
聖剣マラキアは、ティアの背中に今もしっかりと背負われている。
しかし、サムはこれまでの旅の中で、その聖剣がティアの手によって抜かれ、魔物を切り裂くところを見たことがないのだ。
それどころか、ティアがマラキアを持って、鍛錬しているような様子も無い。
彼女がもっぱら使っているのはレイピアだけだった。
マラキアはティアの体格には不釣り合いな大ぶりな剣だったし、使いにくいから、普段はあまり使っていないというだけなのかもしれない。
だが、いざという時、魔王と戦う時には、使わなければならないもののはずだ。
マラキアの扱い方に普段から習熟していなければ、肝心な時に仕損じるようなことになるかもしれない。
それでは、ここまで旅を続けてきた意味がなくなってしまうし、何よりも、人類にとっては大きな災いとなるはずだった。
魔王を倒すことができず、その復活を許してしまえば、強大な魔王軍が人間の住む地域へと押し寄せ、やがて、暗黒神テネブラエさえも復活し、この世界を手中に収めようと侵略してくるかもしれないのだ。
もっとも、少女たちの奴隷であり、本来であれば人間と敵対する魔物の1頭でしかないサムが心配しても仕方のないことではある。
それに、もしかすると、聖剣マラキアはサムが想像しているような、戦うための剣ではないのかもしれない。
魔王の復活を阻止し、再び封印しなおすために必要な、「鍵」の様な存在なのかもしれない。
(ああ、やめだ、やめだ。奴隷の俺が心配したって、何にもならねぇ)
サムはそう思うと、考えることをやめて目を閉じた。
少しだけ、眠るつもりだった。




