3-12「ダンジョン」
3-12「ダンジョン」
魔王の住まう王宮の中は、複雑に入り組んだ迷路の様になっていた。
あちこちを瓦礫が塞ぎ、そして、一行の行く手を魔王の親衛隊である強力な魔物たち阻んでいる
立ち入るものがその最深部へと到達することを拒む、強固なダンジョンだった。
もっとも、魔王が住んでいた建物なのだから、そこが最初から迷宮であったわけでは無かっただろう。
本来は、数えきれないほどたくさんの部屋が並び、天井の高い太い廊下でその全てが結ばれていた、荘厳な建築物であったはずだ。
そこには魔王の親衛隊だけではなく、魔王に召使として使える魔物たちや、あるいは奴隷とされた人間などが多く働き、王宮と呼ぶのにふさわしい、豪華絢爛な生活が営まれていた。
だが、その栄華は遠い過去の話だ。
そこに残されているのは、破壊された王宮の残骸と、その残骸にうずもれた当時をしのばせる様々な調度品だけだった。
それでも、その場所は魔物たちにとっては神聖な場所だった。
魔王の親衛隊として選ばれた魔物の精鋭隊は今でもその瓦礫の中を熱心に警戒し、侵入するものを何人たりとも魔王の元へは行かせない様にしている。
抜け道からこっそりと王宮の内部へと侵入できた一行だったが、予想していた通り、その行く手には魔物たちが立ちはだかった。
全身を人間の様に甲冑で守り、巨大な両刃の斧をふるうミノタウロスや、ネクロマンサーたちによって操られている、かつて光の神に仕えていた人間の戦士たちだったものの、その成れの果て。
一行は魔王との戦いにできる限りの体力と物資を温存しておくため、極力そういった魔物たちとの交戦を避けようと、できるだけ隠れながら進んでいったが、瓦礫によって道をふさがれ、どうしても魔物たちに発見されてしまう場面が何度もあった。
そのたびに、少女たちは勇敢に魔物と戦った。
一時は敵の魔術師が放った即死魔法を受けてラーミナが倒れるという危機的な場面もあったが、ルナの手によって蘇生魔法をかけられたラーミナはすぐさま戦列に復帰し、敵の魔術師を切り裂いた。
少女たちは、傷つきながらも、立ち止まらなかった。
わずかな休憩の間に傷の回復を早めるために作られた魔法の薬であるポーションを用いて身体を癒し、傷んだ装備を手直しし、少女たちは進み続けた。
戦いには、サムも参加することがあった。
サムは少女たちの奴隷に過ぎなかったが、ここまで来たらもう、一蓮托生だった。
そもそも、魔王の親衛隊は、許可なく侵入してきたサムも敵として認識し、襲い掛かってくる。
戦わざるを得なかった。
サムはオークで、魔物で、少女たちの様に魔法の力も使いこなせなかったが、その強靭な肉体を生かして戦った。
意外だったのは、サムを拘束するために取り付けられていた手枷や足枷が、強力な武器ともなったことだった。
重い鉄で作られた手枷、足枷はサムの動きを阻害したが、サムがくり出す拳により重量を与えて威力を増加させ、また、オークの毛皮を補強して防御力を増す効果もあった。
それでも、やはり魔王軍の親衛隊は手ごわい存在だった。
4人の少女たちは皆、裂傷や骨折など大きな怪我を何度も負っていたし、サムもまた、深い傷を受けた。
サムが負傷したのは、後方でバフの魔法を唱えていたルナを、いつの間にか接近してきていて横から襲おうとしたリザードマンから、彼女をかばうためだった。
リザードマンが振り下ろした斧がサムの右肩から肺に至るまで深く突き刺さり、それは、オークでさえも死に至らしめるほどの重傷となった。
少女たちの奴隷に過ぎないサムのために、貴重な回復アイテムなどを用いるのは、本来無駄な行為であるはずだった。
そもそも、光の神ルクスの眷属である人間用に作られているポーションが、それと対立する暗黒神テネブラエの眷属、魔物であるオークに効くのかさえ分からないことだった。
少なくとも、ネクロマンサーによって操られているアンデット系のモンスターに対しては、ポーションはむしろ毒として働いた。
だが、ルナがサムを治療しようとした時、反対する者は誰もいなかった。
サムは奴隷ではあったが、ここまで旅を共にし、今は一緒に戦うことさえある存在だった。
ティアはサムを治療したいというルナの願いに頷いて治療を認めたし、ラーミナも、不機嫌そうではあったが反対はしなかった。
リーンは何を考えているのかよく分からなかったが、彼女も反対はしなかった。
どうでもいい、そう思っていただけかもしれない。
幸いなことに、サムにはポーションが効いた。
人間よりもずっと大きいサムのためには、少女たちが一度に使うのよりもすっと多くのポーションが必要だったが、少女たちは惜しまずにそれを使った。
ルナはサムにポーションを飲ませ、傷口にも振りかけて、それから杖をサムの傷口にかざして呪文を唱えた。
サムは、朦朧とした意識の中で、自分が治療されていることを知覚していた。
痛みの感覚さえ遠のきかけていたが、その分、自分の肉体が徐々に元の形を取り戻し、再生していく感覚を直接感じ取った。
「いいのか? 」
サムは浅く呼吸をしながら、何とかそれだけを口にした。
一行はまだ、魔王の王宮の半ばを通り過ぎたというだけで、クラテーラ山の火口まではまだまだ先がある。
それなのに、こんなところで貴重な回復アイテムを使用し、魔力まで消耗してしまうのは、影響が大きいはずだった。
「いいのよ、別に」
ティアはそっぽを向きながら、短く答える。
「アンタはルナをかばってくれたし、アンタのおかげで、物資も最初の予定よりたくさん持ち込めているんだもの」
サムは「そうか」と呟いて、一時的に意識を失った。
血をあまりにも多く失ってしまっていたからだ。
それでも、治療のおかげで、すぐに目を覚ました。
サムが目を覚ますと、一行は小休止をとり、簡単な食事と仮眠をとって、装備を修繕し、再び王宮の奥へと進み始める。
魔王が封印されているクラテーラ山の火口へと続く道は、王宮の最深部、魔王が座していた玉座の間に、その入り口があるはずだった。




