3-10「扉」
3-10「扉」
門番を自称するゴブリンを屠った後、進むのを再開したサムは、たくさんの魔物たちの間を進んでいった。
いたって普通の、ゆったりと歩くような速度だ。
背中に背負った荷袋に4人の冒険者を隠して運んでいる以上、魔物たちの近くはできるだけ素早く駆け抜けたいような気持だったが、それでは他の魔物たちに怪しまれてしまう。
サムはなるべく平静さを保ちながら、ゆっくりと、確実に進んでいく。
魔王城の周囲にたむろしている魔物たちは、実に多種多様だった。
ゴブリンもいれば、オークもいたし、一つ目の巨人族であるサイクロプスや、トカゲの様な外見の2足歩行の魔物であるリザードマン、霊魂が力をもって実体化したとされる幽鬼に、牛の頭を持つ怪力自慢のミノタウルスなど、サムでも名前をよく知っている魔物たちがいる。
この他にも、名前も分からない様な魔物が、たくさん。
だが、それらの魔物たちがサムを引き留めるようなことはなかった。
どうやらたむろしている魔物の多くは魔王城へ巡礼にやってきた魔物たちの様で、つい先ほどティアによって仕留められたゴブリンの様な「門番」の見張りを通り抜けた後は、警備はかなり緩い様子だった。
もちろん、サムが冷静さを保ったまま、慎重に進んだというのもある。
サムに背負われた荷袋の中に隠れたままの少女たちもまた、よく気配を消していて、魔物たちにその存在を察知されることがなかった。
やがて、とうとう、一行は魔王城の扉へとたどり着いた。
ウルチモ城塞に取り付けられていたのよりもさらに巨大で、頑丈そうに見える、分厚い鉄製の扉だった。
その表面には、暗黒神テネブラエを象徴する紋章と、その第一の配下である魔王ヴェルドゴを象徴する紋章が刻み付けられている。
いくらオークとはいえど1頭だけではびくともさせられないほど重厚な扉ではあったが、しかし、サムが頑張ってその扉を開く必要はなかった。
なぜなら、魔王城の城門は太古の時代に光の神の軍勢によって陥落させられて時から少しも修復されておらず、その城門も太古に破られた時のままだったからだ。
左右に開くように作られている扉の右側が、半分ほど開いている。
その下側には、どうやって開けたのか巨大な大穴が開いており、人間より大きなオークであるサムも楽々と潜り抜けられるようになっていた。
サムは、その大穴の前で一度立ち止まって、小さく「独り言」を言った。
「いいのか? このまま入っちまっても。……もう二度と、戻ってこれねぇかもしれないんだぜ? 」
しばらくの間をおいて、その独り言に返事が返ってくる。
「いまさら、よ。……それに、時間があんまりないんだから、さっさと行って」
「へい、へい、わかりましたよ、ご主人様」
サムはティアの言葉に小さく嘆息すると、魔王城の城門に開いた大穴を通り抜けた。
扉を超えた先は、巨大な広場となっていた。
かつて、魔王がその支配下にある魔物たちを整列させ、強力な軍団として機能する様に編成を整えた場所だった。
だが、そこは、魔王城の外側と同じように荒れ果てていた。
暗黒神テネブラエの眷属と、光の神ルクスの眷属、それぞれの軍勢によって最後の決戦がくり広げられた場所だったからだ。
辺りには、太古の戦いで散った魔物や、戦士たちの遺物が数多く残されている。
肉体は腐敗して、その骨格や外皮だけが残されている巨大な魔物の骨格が転がっている。
神々の乗り物として生み出されたとされる神獣、ドラゴンの亡骸だった。
暗黒神テネブラエに属するドラゴンは暗黒竜と呼ばれ、神々の大戦において絶滅されたとされているが、おそらくはその1頭なのだろう。
その周囲には、無数の、細かく砕けた骨が散らばっている。
おそらくは、暗黒竜を倒すために犠牲となった戦士たちの亡骸だろう。
太古から現在に至るまでずっと野ざらしだった戦士たちの遺体は、吹き付ける風や降り注ぐ酸性雨によってすっかり風化し、身に着けていた甲冑や武具などはすでにその形さえなく、骨だけがわずかに残されているのだ。
その荒涼とした光景の中に、無数の魔物たちが集っている。
城の外にいたものよりもさらに多くの、数えきれないほどの魔物たちだ。
その魔物たちは、しかし、サムがやってきたことに少しも気がついていない様子だった。
皆、熱心に、広場の奥、魔王が鎮座していた王宮であり、暗黒神の統べる死者の世界へと通じていた門、現在はクラテーラ山の火口となっている場所へと通じる、巨大な迷宮への入り口だった方向へと、祈りをささげているからだ。
その光景を見て、サムは思わず舌打ちをしていた。
「お嬢さんがた、どうにも、マズイぜ。簡単に入って来られるのは、どうやらここまでらしいぞ」
「何? どういうこと? 」
「クラテーラ山の火口に進む道を、上位の魔物どもが塞いでいる。どうにも、こっから先は立ち入り禁止みたいだ」
サムは小声でそう説明すると、ティアたちからでもその様子が確認できるように体を動かし、背中の方を魔王の王宮へと向ける。
ティアたちが荷袋の隙間から小さく顔を出して確認すると、王宮の正門の前には今まで見てきた魔物よりもさらに強力そうな魔物たちがあり、王宮への侵入を許さないという様子で周囲に目を光らせている。
だが、ティアたちはその光景を見ても、少しも慌てたりしなかった。
「大丈夫よ。アンタたち魔物と、私たち人間が一体どれくらい長く戦っていると思っているのよ? 魔王を封印するためにだって、これまで何度も何度も、勇者があの警備を抜けてクラテーラ山の火口までたどり着いているんだから」
ティアはそう言うと、ルナ、と小さく名前を呼んで、後の説明を彼女に譲った。
「言い伝えによると、抜け道があるんです」
ルナは小声でそう言うと、サムに、広場の右側に進んでくださいと指示する。
「何代か前の勇者パーティが、王宮の中に入れる抜け穴を見つけたんです。そして、そこに強力な魔法をかけて、そこに抜け穴があることを知っている者にしか見えない様に細工をしました。魔物にも強力な魔法を使う種族はいますが、今でも見つからずに残っているはずです」
「ほっほう、なるほど、そういうカラクリか。でも、俺に話しちゃっていいのかい、お嬢さんたち。ここで大声を出して、あそこに抜け道があるぞ、って叫ぶかもしれないぜ? 」
サムが冗談めかしてそう言ったその時、荷袋の中でコツン、という音がした。
ラーミナが、サムの心臓に向けて突き付けている鉄製の杭を、ハンマーで軽く叩いた音だった。
「そうしたいなら、そうするがいい。貴様は魔物だ、魔王に忠節を尽くすがいい。だが、こちらも覚悟は決めてきているし、その程度では諦めん。……そして、お前も死ぬぞ」
「分かってる、分かってるって。ちょっとした冗談じゃなぇか」
冷たい声で言い放ったラーミナをなだめると、サムは「行きますよ。行けばいいんでしょう? 」と嫌そうに呟き、ルナが教えてくれた「抜け道」がある方向へと進み始めた。




