3-7「雪中行軍」
3-7「雪中行軍」
通行量の多かった街道とは比較にならなかったが、それでも、ウルチモ城塞を北に出てしばらくの間は、道らしいものが続いていた。
それらはすべて、人間たちが魔王の封印されている北の地を警戒し、監視するために設置した拠点へと続いている道だ。
少数でも定期的に人間や馬が通る小道は多少は歩きやすく、また、雪が降り積もってもそこに道があると分かる様に目印となる棒が突き立てられているので迷う心配もなかった。
バンルアン辺境伯は、忠実にその使命をこなしていた様子だった。
道の先にある拠点にはしっかり見張りの兵士が配置されていたし、ウルチモ城塞に接近する魔物は定期的に排除されているらしく、一行が魔物と遭遇することもなかった。
だが、ウルチモ城塞から離れるのにつれて、だんだんと道は細く、未整備なものとなっていく。
途中、多くの兵士が駐留している砦のようなものもあったが、そこから先へ進むと極端に人の動きがなくなるためか、道の整備も最小限のものだけとなっている様だった。
目印の棒が相変わらず用意されていたために、細く未整備でも道がある以上は迷わずに進むことができたが、やがて、その道も途切れてしまうと、大変だった。
少女たちは少し進んではバンルアン辺境伯から渡された地図と睨めっこをし、コンパスや、時には魔法も使って自分たちの現在位置を確認し、慎重に進んでいった。
ここはすでに、人間の世界ではない。
魔王の影響力が強い、魔物が多く棲息している場所なのだ。
一度迷ったらもう、生きて帰ってくることはできないだろう。
予想はしていたが、旅は過酷なものだった。
北の大地の冬は厳しく、気温は低く、時には吹雪いて、一行の足を度々引き留めた。
今も活動を続けるクラテーラ山からは盛んに噴煙が吹き上がっており、常に空を覆っていて、辺りは暗闇だった。
わずかに日の光がさすこともあったが、その光も一瞬のことで、一行は魔法の光や松明の明かりなどを絶やすことができなかった。
そんな厳しい旅路だったが、それでも、一行は何とかクラテーラ山へと向かい続けることができていた。
サムの、オークの奴隷がいるおかげだった。
サムはクラテーラ山への旅の間中、ずっと、一行の先頭を歩いていた。
降り積もった雪をかき分け、踏みしめて、サムのご主人様、4人の少女たちが少しでも通りやすいような道を作るためだ。
オークは寒さに強く、力も強い。
そんな特性が、少女たちに進むべき道を作り出すという働きをするのに役立っている。
おまけに荷物もたくさん持つことができたから、帰り道にも不安が無いほど、物資には余裕があった。
少女たちは、サムを先頭に、少しだけ間隔を置いて雪の中を歩いていく。
途中ではぐれたり迷ったりしないように、サムから、最後尾を歩くラーミナまでは、1本のロープで結ばれている。
この頑丈なロープは、いざという時には命綱にもなるものだった。
雪の中に埋もれている大地の裂け目などに足を取られ、転落してしまったとしても、他の仲間が助け出すことができるようになっている。
例え少女たち4人が同時に転落してしまったとしても、オークであるサムさえ無事であるなら、助け出すことができるだろう。
ただし、サムが転落してしまった場合は、別だ。
オークであるサムを少女たち4人がかりでは引っ張り上げることは難しいし、第一、奴隷であるサムのために、魔王を倒すという人類にとって大事な役割を背負ったティアたちが危険を冒すことなどできることではない。
サムの後ろを進むティアは、いざという時にはサムとのロープをすぐに断ち切ることができるよう、胸甲の前にナイフを常に装備している。
もしサムを失うことになれば、少女たちは物資のほとんどを失ってしまうことになるが、少女たちはそうせざるを得ない事態になっても躊躇なくそれを実行できるように、自分たちでも持てるだけの荷物を持ち歩いている。
相変わらずサムの扱いは家畜に等しいものだったが、サムは文句も言わずに、黙々と雪をかき分けながら進んでいた。
どうやら本気で魔王を倒そうという、少し純粋過ぎて心配になってしまう少女たちのことを、サムは少し気に入ってきているからだ。
(青臭い考えだが……、上等じゃねぇの)
少女たちは確かに世間知らずかもしれなかったが、少なくとも、過酷な旅路を前にしても、弱音一つも漏らすことがなかった。
彼女たちは本当に、自分たちの力で魔王と戦うつもりなのだ。
おっさんオークからすれば自分の娘であってもおかしくない様な年頃の少女たちが抱いた強い覚悟。
サムは、それを手助けしたいという気持ちになり始めていた。
これは、サムが魔物の一種であるオークという現実を考えると、なんとも奇妙なことではあった。
人間と魔物は、お互いに争い、憎みあう存在なのだ。
そんな風に、それぞれの創造主によって定められている。
サムは本来であれば、少女たちが倒そうとしている魔王に従い、その統率の下で人間と戦うべき存在であるはずなのだ。
魔王からすればはなはだしい裏切り者、不忠者に違いなかった。
だが、サムは、少女たちに協力することに少しの罪悪感もなかった。
そもそもサムは魔王などというものをこの目で実際に見たこともないし、何の恩義も義理も感じはしない。
自分は魔王を裏切っている。
そんな感覚さえ、少しもない。
一行は、何日も、何週間も、雪の中を進み続けた。
単純な距離からすればそこまでのものではないのだが、山々が連なる山脈の、それも雪が降り積もり、時折吹雪にも見舞われる様な場所を進んでいくのだから、1日で進める距離も大きくはない。
そもそも、吹雪で何日も足止めを食らうようなことさえあった。
それでも、少女たちは進み続けた。
サムは文句ひとつ言わずに彼女たちのための道を作り続け、奴隷としての使命を忠実に果たし続けた。
そうして、一行はとうとう、雪の途切れる場所までたどり着いた。
魔王が封印されているクラテーラ山の麓までやってきたのだ。
活火山であり、内部に蓄えた大量の溶岩からの地熱で辺りの雪は溶かされ、雪の代わりに、有毒のガスや、熱く煮えたぎったマグマがあちこちを覆っている。
黒々とした岩肌の、不気味だが荘厳な火山の麓に、一行はとうとう、到達した。




