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オーク35歳(♂)、職業山賊、女勇者に負けて奴隷になりました ~奴隷オークの冒険譚~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第3章「クラテーラ山」

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3-6「冬の中へ」

3-6「冬の中へ」


 サム以外に何者もいない馬小屋の中は寒々しく、寂しい場所ではあったが、サムはそれでもぐっすりと眠ることができた。

 オークは元々、寒さには強い生き物なのだ。

 その剛毛、硬い皮膚、分厚い皮下脂肪は、オークに高い防御力を与える他に、厳しい寒さへの耐性も与えてくれている。


 だからサムは、いつもの様にティアに乱暴に蹴り起されるまでのんきに眠っていた。

 オークは人間が使う鋼の武器は通じないほど強靭な生き物だったが、ティアのブーツには何か魔法の力が宿っているようで、それで蹴られると大きな衝撃がある。


「ぐぉっ!? な、なんだ、何事だ」


 サムは目を覚ましたが、しかし、状況が呑み込めずに、目をぱちくりさせる。


 そんなサムを、ティアは呆れた様に見下ろした。


「まったく、アンタはいっつも寝坊助ねぼすけね! ほら、出発するのよ、さっさと起きて、準備をするわよ! 」

「な、なんだぁ? もう、出発しちまうのか? 」


 サムはまだ寝ぼけていて、自分がどれくらい眠っていたのかの把握もできていなかったが、感覚的には一晩眠っただけのような気しかしない。


 バンルアン辺境伯がどんな人物かはまだよく分からなかったが少なくともティアたちを歓迎する意思はあるようで、ティアたちはそれはそれは丁重なもてなしを受けていたはずだった。

 だから、サムは1日か2日、ここでゆっくりしていくものだとばかり思っていたのだ。


 何しろ、ここから魔王が封印されているクラテーラ火山までは、一年中溶けることのない深い雪の中を長く歩かなければならないのだ。

 これまでの旅の疲れもあるだろうし、ここでしっかり鋭気を養ってから出発するのだろうと、サムは考えていた。


「時間がないのよ」


 ティアは、少し不機嫌そうに言った。


「それに、アンタ、奴隷なんだからつべこべ言わず、ご主人様の言うことを聞く! さもないと、痛い目を見てもらうからね? 」

「へい、へい、わかっておりますよ、お嬢様」


 オークに普通の人間の武器は通用しないが、ティアたちはみんな、オークが苦手としている魔法の力を扱うことができる。

 魔法の込められた武器で攻撃されれば、オークだって、紙きれ同然だった。


 サムは干し草のベッドの上から起き上がると、おとなしく自分が背負うべき荷袋が、荷物と一緒に積まれているところへと向かった。


「お早うございます、サムさん」

「ああ、ルナさん、お早うございます」


 そこで待っていたルナから挨拶をされて、サムは自分なりに笑顔を作ってそれに応じた。


「お二方も、お早うございます」


 それからサムは、自分に何も言わなかったがそこで待っていたラーミナとリーンにも一応、挨拶をする。

 2人から、返答はなかった。

 ラーミナは不愉快そうに鼻を鳴らしただけで、リーンは、相変わらず感情の読めない半開きの目で、サムの方をじっと眺めているだけだった。


 すぐに、旅の荷物の積み込みが始まった。

 元は馬などの家畜用の荷袋だったが、今はサム用に調整された荷袋がサムに背負わされ、それが済むと、たくさんの荷物が荷袋の中に詰め込まれていく。


 長旅になるから、荷物も多い。

 ウルチモ城塞までは街道に沿って歩いてくるだけだったから途中に人間が住んでいる場所があり、そこで物資の補給や交換ができたから良かったのだが、これから先はそんなことはできない。


 険しい道のりに備えて一行がこれまでに買いそろえてきた荷物も多かったが、どうやらバンルアン辺境伯が好意で物資を分けてくれたらしく、さらに大荷物になっていた。


 人間では、屈強な男たちが何人も、10人ほども必要になるのではないかという大荷物だ。


 だが、オークであるサムにとっては、へっちゃらだった。

 さすがにずっしりと重みを感じはするものの、それも一時のことで、これから先、荷物は減って行くことになる。


 サムの準備が終わると、ティアたちも旅支度を整えた。


 人間が暮らしている地域からするとウルチモ城塞はかなり北方で、その冬は厳しいことで知られている。

 ティアたちは魔法の力なども使って比較的軽装のまま旅をここまで続けてきたが、さすがに本格的な防寒装備を身に着けることとした様だった。


 すでに、彼女たちが身に着けている胸甲などの鎧の下には厚手の生地で作られた衣服が重ね着されていて、その上からさらに、暖かな動物の毛皮で作られ、寒さを避けるための魔法がかけられたコートを着込む。


 普通の人間であれば、これから進む先の寒さにはこの程度では耐えることができないのだが、魔法の力によってそれを何とかするつもりの様だ。

 これは、少女たちが無謀ということではなく、魔物が多く棲息せいそくしている地域で、何とか武器を扱える程度には身動きが取れる様にと配慮した結果だった。


 ほどなくしてすべての準備が整うと、ティアたちはバンルアン辺境伯に案内されながらウルチモ城塞の北の城門へと向かっていった。


 北の城門は、ウルチモ城塞の中でもとりわけ、頑強に、重く作られている。

 魔物の中には巨大な体躯を持つ巨人と呼ばれる怪物たちもおり、そういった強力な魔物からの攻撃にも耐えられるよう、鉄の板をリベットで何枚も重ねて作った、頑丈で重い城門だ。


 その城門が、二重に取り付けられている。

 伝説によればこれでも外側の城門は突破されたことがあるのだという。


「バンルアン辺境伯。心づくしのもてなしと、ここまでの見送りに感謝いたしますわ」


 二重になっている北の城門の外側の門の前へとたどり着くと、ティアはまた上品な態度と言葉でそう言って、バンルアン辺境伯にこれまでの礼と、これ以上の見送り、見送りという名の護衛は必要ないと述べた。


「当然のことをしたまでです。……しかし、よろしいのですか? クラテーラ山までの道のりは長く険しいものです。護衛として、特に手練れの者を選んだのですが」


 バンルアン辺境伯は演技なのか本心からなのか意外そうな顔をした。

 辺境伯が言うとおり、彼の後ろには、10名の完全装備の騎士が控えていた。

 上質な全身鎧で身を守っているだけでなく、ティアたちと同じように寒さを防げるだけの防寒装備を身に着けている。

 バンルアン辺境伯が、ティアたちに同行させるために選んだ者たちだった。


「はい。バンルアン辺境伯には、何があってもこのウルチモ城塞を守り抜かねばならないという使命がおありですから、私たちのために精兵をつけていただくわけにはいけません。それに、少数の人数で進んだほうが、敵に気がつかれずに済むのではないかと」


 ティアは丁寧に説明すると、それから、サムの方を見上げた。


「幸い、私たちには便利な奴隷もおりますので。皆様には、魔物たちから人間を守る最後の砦としての役目をお願いしたいのです」

「……。止むを得ませんな」


 ティアの言葉に納得したのかどうか。

 しかし、ひとまずのところ、バンルアン辺境伯はティアたちに護衛をつけることをあきらめた様だった。


「それでは、後のことはわれらにお任せを。……勇者殿のご武運を祈ります」


 そう言ったバンルアン辺境伯が合図をすると、城門が、ゆっくりと開き始める。


 その先では、雪が降っていた。

 あたり一面の銀世界だ。


 4人と1頭の一行は、冬の中へと歩き始めた。


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