3-5「歓迎」
3-5「歓迎」
ウルチモ城塞に入ると、バンルアン辺境伯は一行を城塞中央部にある内城へと案内した。
内城は城塞の最深部に位置するもので、最も堅固な作りとなっており、高く分厚い城壁を作る石は紙一枚さえ入らないほどの精巧さで隙間なく積み上げられ、城門は全て鉄でできた重く頑丈なものとなっている。
城壁の壁面には数えきれないほどたくさんの狭間が作られており、その内城が、城塞が陥落する最後の瞬間まで徹底抗戦するために存在していることがうかがい知れた。
内城の内部は、平時には城主たるバンルアン辺境伯やその側近、城兵たちの居住空間、兵器庫などになっているが、それだけのために使うにはあまりにも広く、無駄と思えるほど余裕のある作りになっている。
これは、いざ、魔王軍との戦いの舞台となった際に、後方からやってくる諸王国やサクリス帝国からの援軍を受け入れることができるだけの余裕を持たせてウルチモ城塞が作られているためだ。
そして、内城の中心部には、ウルチモ城塞の守りの要であるファンシェの鏡が納められた塔がそびえ立っている。
光の神ルクスの加護を受けて、夜でも、どんな時でも光を絶やさないファンシェの鏡がある限り、ウルチモ城塞にはいかなる魔法攻撃も通用せず、また、城塞自体もダメージを受けても自動的に再生する様になっている。
重厚な石の壁を抜けた先は、内城の中心部、ファンシェの鏡が備えられた塔の真下にある城塞の中枢部分だった。
そこには城塞全体の指揮をとるための司令部が設けられているほか、そういった場所に鎮座する将軍や上級貴族のための応接室などが用意されている。
聖剣マラキアを携えし勇者であるティアたち一行は、バンルアン辺境伯から厚遇されている様だった。
ここまでの旅の途中でも、聖剣マラキアを持つ勇者の一行ということで多くの便宜をはかってもらうことができていたが、ここでは特に別格の扱いだった。
人間が数多く住み、魔物と比較的縁遠い環境にあったこれまでの地域と異なり、魔王が封じられたクラテーラ山へと続く道を守備しているバンルアン辺境伯には魔物に対する強い切迫感があるのかもしれない。
常に魔物と対峙し、たびたび交戦しているバンルアン辺境伯からすれば、魔王を倒す使命を与えられた勇者という存在は特別なものなのだろう。
勇者が復活しつつある魔王を倒してくれさえすれば、このウルチモ城塞に強力な魔王軍が攻め寄せてくるという事態を回避できるからだ。
それ以外にも、バンルアン辺境伯は、ティアたちのこれまでの旅の様子と、これから魔王が封印されているクラテーラ山まで至る旅路の予定について聞きたがっている様だった。
そのために、ティアたちにはこれから心づくしの豪華な食事がふるまわれ、そして、彼女たち1人1人に身分の高い貴族が宿泊するための部屋が貸し出されることとなっている。
もちろん、サムは別だ。
サムも、ティアたち旅の仲間の1人には違いなかったが、サムはオークで、魔物で、奴隷だった。
そんなサムに用意されたのは、内城の一画、後方からの援軍が連れてくるだろう大量の軍馬のために用意されている馬小屋だった。
今、城にいる軍馬たちは別の馬小屋に集められているから、サムに用意されたその場所は使われておらず、ガランとしていてだだっ広く、寒々しい限りだった。
サムの扱いは、家畜と変わらないものだった。
寝床として用意されたのは干し草の山で、ティアたちに用意された豪華なふかふかのベッドとは比べ物にならない、ひどい寝心地のものだった。
出された食事はややマシなもので、城塞を守備している兵士たちの食事の残りがサムに与えられることとなった。
どうやら、バンルアン辺境伯は兵士たちに十分な食事を与えることに気を配っているらしい。サムに与えられた食事は確かに余りものだったが、日々の食事としては十分な、きちんとした食事だった。
もっとも、サムにとっては物足りない量でしかなかったが。
サムは与えられたパンとスープを一瞬で食べ終えると、ブフーっ、と鼻を鳴らして、自分以外には誰もいない馬小屋の中を見渡した。
バンルアン伯爵はティアたちの奴隷であり所有物であるサムのために何人か世話係(という名の監視係)の兵士をつけていったが、その兵士たちはサムのことを気味悪がって、馬小屋の外から遠巻きにしてサムのことを監視している。
魔王が封印されているクラテーラ山の周囲は魔物たちの活動が最も活発な地域であり、人類側の最前線の防衛拠点であるウルチモ城塞では、頻繁に魔物たちとの小競り合いが繰り広げられている。
そんな場所で警戒に当たっている兵士たちだったから、魔物の強さ、怖さは、嫌というほどよく知っている。
だからこそ、ティアたちの奴隷として働いているサムという存在が恐ろしく、不気味に思えて、バンルアン辺境伯の部下たちはサムに近づこうとはしなかった。
(へっ。御大層な歓迎じゃねえか)
サムは、今頃ティアたちに振舞われているのであろう様々な御馳走の山と、自分自身の貧しい食事を比較して、少し不貞腐れた気持ちになった。
それから、兵士たちがおっかなびっくり、大急ぎで積み上げていった干し草の束をかき集め、少しでも寝心地がよくなるように調節すると、その上に頬杖をついて横になった。
文句を言っても、始まらない。
自分は魔物で、醜いオークで、今は奴隷でしかないのだから。
そう思うことにしたサムは、このまま起きているよりも、眠ってしまったほうがよほど有益だと判断して目を閉じた。
ティアたちが本当に魔王を退治するためにクラテーラ山へ向かうのだとしたら、それはまた、長く険しい道のりとなる。
そして、その道のりの間中、サムは大荷物を背負って、歩き続けなければならないのだ。
それは、いくらサムがオークであったとしても、つらい道のりになるのに違いないことだった。
しかも、今の季節は冬。
すでに辺りには雪が降り積もっている。
諸王国からウルチモ城塞まで続く街道は定期的に人通りがあるほか、周囲を魔物から警戒するための兵士たちが巡回しやすくするために除雪が行われていたから、歩きやすかった。
だが、これから向かっていく方向には人間は住んでおらず、したがって、雪は降り積もったままになっている。
ウルチモ城塞よりも北には、人間が魔物たちの動向を監視するためにいくつか見張り所を作っており、そこまでであれば多少は歩きやすいかもしれなかったが、その先は完全に未開の地だった。
クラテーラ山までは、降り積もった雪の中をかき分けるようにして進んでいくしかない。
とてつもなく険しい道のりになるだろう。
だとすれば、今のうちに休めるだけ休んでおかなければならない。
地面の上に干し草を敷いただけのベッドは、バネとクッションのきいた上等なベッドからすればずっと寝心地の悪いものだったが、それでも、オークの日常生活のように、地面に直接寝転ぶよりはいくらかマシな寝心地だった。




