3-1「北へ」
3-1「北へ」
聖剣「マラキア」を携えた4人の冒険者と1頭のオークは、街を出ると街道に入り、北へと向かって歩き始めた。
ティアたちは魔王を倒すために旅をしていると言ったが、その魔王が封じられているのはここから遥か北の地にある火山、「クラテーラ」山の火口だった。
だから、魔王の復活を阻止し、再び封印しようという一行の進む方向が北に向くというのは、当然の成り行きだった。
聖剣マラキアを所持し、魔王を倒す。
ティアはそう言っていたし、その仲間たちもそのつもりでいるらしい。
魔王を倒すことができるのは、光の神ルクスによって選ばれ、その力を分け与えられた勇者だけだとされている。
聖剣「マラキア」を有し、魔王を倒すために旅をしているからには、ティアこそが勇者だと思ってよさそうだった。
(成り行きで奴隷になっちまったが、まさか、魔王を退治しに行くことになるなんてな)
奴隷になった35歳のおっさんオーク、サムは、自身の動きを制限するために取り付けられた鉄鎖をジャラジャラ言わせながら、荷袋にたっぷり詰め込まれた荷物を背負って歩きながら、自分の奇妙な運命について考えていた。
サムはオークの山賊団の一員だった。
サム自身は悪さをしていなかったが、それでも、人間たちを傷つけ、多くのものを奪い去った略奪者たちの一員であるという事実は変わらない。
本来であれば、ティアたち、女勇者とその同行者たちの一行によってオークの山賊団が討伐された時、サムも一緒に死んでいたはずだった。
その運命からサムを救ったのは、サムが村で助けた小さな少女が、ティアたちにサムを生かしてくれる様に必死に頼んでくれたおかげだ。
サムはオークの山賊団のボスだったオークに恩義があり、自分だけ生き残ることはできないと思っていたが、自分のために必死に願い出てくれた村の少女のために、奴隷として生き続けるという運命を受け入れた。
どうせ、自分は1頭のオークに過ぎないのだ。
オークは、オーク。
醜い魔物で、それ以外の存在になることはできない。
サムは他のオークとは違った考え方をする奇妙なオークではあったが、例えサムが平凡なオークと同じ様な存在ではなくとも、サムはオーク以外の何者でもない。
自分はオークであって、それ以外の存在にはなれないということは、サムがおっさんになるまで生きて来て、嫌というほど思い知らされてきたことだった。
そんな自分の命。
どうせくだらないものなのだから、せめて、自分のために真剣に祈ってくれた少女のために生きなければならない。
それが、サムが大人しく奴隷となった理由だった。
ティアたちがサムを奴隷とすることを決めたのは、一見するとティアの気まぐれの様にしか思えなかったが、彼女は案外、サムという奴隷の利用法をきちんと考えていた様だった。
オークは愚鈍な生き物だが、その力は人間よりもずっと強く、その身体は頑健で、体力もある。
オークたちは時間さえあれば惰眠を貪る怠惰な生き方をしているが、それは、そうしなければならないからではなく、そうするのが好きというだけのことだ。
ひとたび、その大きな力で働き出せば、たくさんの物を運ぶことができる。
ティアたちが買い集め、サムに背負わせた荷物の多くは、どうやら長旅に必要となる物ばかりである様だった。
野営のためのテントや道具、そして保存のきく食糧や、予備の武器や鎧、それらをきちんとした状態に保つための道具類。
冒険者たちはこれまでの旅では、必要なものは自分たちで全て背負って運んでいた。
だが、いくら強力な魔法を使いこなす、聖剣マラキアを保持する女勇者とその仲間たちといえども、所詮はまだ子供と呼んでしまえる少女たちでしかなかった。
持てるものの量には限りがあったし、少女たちは必要最小限の物だけを持って旅をするしかなかった。
当然、食糧などの消耗品を多く携行することはできず、長く、人里から離れて旅をすることは難しかった。
消耗品を定期的に手に入れなければならなかったし、鎧などが破損すれば、人里の鍛冶屋などに依頼して修繕しなければならなかった。
だが、オークであるサムにたくさんの荷物を背負わせれば、それだけ長期間、人里から離れて旅をすることができる。
普通の冒険者であれば、何の問題にもならないことだった。
冒険者たちは魔物と戦うが、それはあくまで人間たちが住んでいる区域に出現し、人間に害をなす魔物を討伐するのであって、人里から遠く離れた所まで旅をする必要性はまず、無いからだ。
ティアたちは、事情が違った。
魔王を退治するために旅をしている以上、人里から遠く離れた地域で、長期間に渡って活動できなければ話にならないからだ。
一行が向かっていく北方、遥か北、常に雪に覆われた大地に、魔王はいる。
かつて神々と勇者の力によって封じられた火口で、復活の時を待ち、じっと、力を蓄えている。
そして、魔王の力が強まる北方には、より強力な魔物が、より多く巣くっている。
その様な極地に、定住している人間はいない。
もし、魔王が復活すれば、魔王はその力を用いて配下の魔物たちを統率し、圧倒的な大軍団として襲いかかって来るだろう。
それは、何としてでも阻止したいことだった。
魔王が復活する前に戦いを挑むためには、人里から遠く離れ、魔王「ヴェルドゴ」が封じられている火山「クラテーラ」にまでたどり着かなければならない。
その時、サムというオーク奴隷に多くの荷物を持たせていれば、ティアたちはより良い装備を保持し、十分な休養をとった上で、魔王との戦いに臨むことができるだろう。
ティアがサムを奴隷にしたのはこういった使い方ができると思ったからだったが、その自分の考えが、自分自身が思っていたよりもずっと役に立つと気がついて、ティアはとても上機嫌だった。
魔王と戦って勝てるかどうかという問題はあったし、そこまでの道のりは決して簡単なものとはならないはずだったが、少なくとも、長旅に必要な物資を運ぶ手段については悩まなくて済む様になったのだ。
聖剣マラキアを背負った少女は、鼻歌なんか歌いながら、どんどん、北へ向かっていく。
まるで、その進む先には何の障害も無い、そう思っているかの様だった。




