2-14「魔王」
2-14「魔王」
一行が出発することを知った街の警備隊の隊長はまず驚いたが、次いで、ほっとした様子を見せた。
ティアが聖剣「マラキア」を持ち、魔王を倒すために旅をしているという話を信用して街への立ち入りを許可したものの、やはり、サムというオークの存在は警備隊にとっての悩みの種だった。
オークが、魔物がいるということで街の人々は恐れていたし、警備隊も監視のために人員を割かなければならないなど、実際の面でも問題があった。
ティアたちは街にとっての厄介者だった。
その厄介者が早々に出発してくれるというのだから、警備隊にも街にもありがたい話だ。
それでも、表向き、ティアたちへの対応は丁重なものだった。
聖剣「マラキア」は、サムでさえその名前を知っているほどの代物だった。
伝説によれば、暗黒神テネブラエと、光の神ルクスが神々を2つの派閥に分断して行われた神々の戦争の際、聖剣マラキアは生み出された。
全ては、「魔王」と呼ばれる存在を倒し、封印するために。
死の世界を統べている暗黒神テネブラエは、生あるものの世界をもその手中におさめようと、太古の時代に侵略を開始した。
その際、テネブラエはその戦力として多くの魔物たちを生み出し、そして、その魔物たちを統括し、強力な軍団として働くことができるように、自らの半身として、魔王、「ヴェルドゴ」を生み出した。
魔王とは魔物たちの王としてそれらを支配下に置き、意のままに操り、統率することで、神々との戦争を戦うために生み出された存在だった。
暗黒神テネブラエの半身として生み出された魔王ヴェルドゴは神に並ぶ強大な力を持ち、不老不死とされている。
神話によれば、ヴェルドゴはテネブラエが生み出した数多くの魔物を従え、バラバラだった力を1つにまとめ、世界を制圧する寸前にまで至るほどの勢いを見せたのだという。
神の力を分け与えられ、不老不死である魔王を倒さなければ、暗黒神テネブラエによって世界の全てが支配されてしまう。
そこで、光の神ルクスは、他の神々とも図り、魔王を倒すための武器を作り出し、ルクスがテネブラエと戦うために生み出した種族である人間の内の1人を選び、自身の力の一部を分け与え、「勇者」として魔王と戦わせた。
聖剣「マラキア」は勇者に与えられる剣であり、マラキアは勇者の手にあることでその力を発揮し、魔王を倒し、封印することができる。
気が遠くなるほど長い時間続いた神々の戦争は、最初の勇者が魔王を聖剣マラキアによって打ち倒したことで、光の神ルクスの側の勝利へと至った。
統率者を失った魔物たちは軍団としての力を失い、多種族で協力して戦った光の神ルクスの眷属たちに対してなすすべがなかったのだ。
配下の戦力を失ったテネブラエは力を失い、ルクスを筆頭とする神々によって死者の世界へと封じ込められ、人間が住む生者の世界は平和を取り戻した。
古代の神々とその眷属たちはテネブラエが再び力を取り戻すことを恐れ、その第一の配下であり、魔物たちを統べる魔王をテネブラエから引き離すべく、テネブラエと同じ死者の世界に封じるのではなく、生者の世界へと封印した。
魔王ヴェルドゴは遥か北方の険しい山々の向こう、火山「クラテーラ」に封印されているという。
魔王が封印されて以来、暗黒神テネブラエの眷属でありながら人間界へとそのまま残った魔物たちは、人間たち光の神ルクスの勢力に属する種族にとって脅威であり続けたが、それでも、多くの魔物が合同して戦いを挑んで来ることは無く、世界は人間たちのものであり続けている。
だが、魔王は封印されただけで、滅んだわけではない。
魔王は、不老不死だ。
死の世界を司る暗黒神によって生み出された魔王にとっては、死など無意味なことであり、聖剣によって打ち倒されたところで、いずれは力を回復し、復活してしまう。
それ故に、人間たちはこれまで幾人もの「勇者」を輩出し、魔王が力を得て復活しようとするたび、戦って、再び魔王ヴェルドゴを封印してきた。
それが、この世界における、神々の大戦から現代に至るまでの歴史だった。
ティアたちが聖剣マラキアを引っ提げ、魔王退治のために旅をしているというのは、やはり、魔王の復活する時期が近づいて来ているからだった。
人間たちが多く住んでいる地域は未だに平穏なままだったが、魔王が徐々に力を取り戻し、封印を破るのに十分な力を蓄えていくのと比例して、その支配下に入ることを定められている魔物たちはその動きを活発化する。
これまで、魔王の復活が近づくたび、人間は魔物の動きが活発化することでその時が近づいて来ていることを知った。
サムたち、オークの山賊団がこの地方にやって来たのは、オークたちにとってはただの気まぐれ、より楽に略奪できそうな場所を求めてのことだった。
だが、サムたちオークも魔物の1種である以上、力を取り戻しつつある魔王ヴェルドゴの意向を自身では気づかないままに受けて、この様な行動をとっていたのかもしれない。
聖剣マラキアを持った冒険者。
ティアたちはみな、まだ幼ささえ残る少女たちだったが、ティアが光の神ルクスから魔王を倒すために選ばれた女勇者であるというのなら、彼女たちに与えられた責任は重いものだった。
それは頭では分かっていても、警備隊にとって、ティアたちはやはり厄介者に過ぎなかった。
街道に面した比較的大きな街で人通りも多く、辺境地域で魔物の行動が活発になりつつあるということは噂程度に聞くことはあった。
だが、街の周囲は、先日山間部の名も知れない小さな村がオークの襲撃を受けたという事件以外は平穏なもので、自分たちの日々は何も変わりはしない。
ましてや、聖剣マラキアを託された勇者たちは、まだ子供と呼んでもいい年頃の少女たちだった。
街で信頼されている魔術師が本物だと証言したからティアたちのことを信用して協力したが、しかし、内心ではどうしても信じ切ることはできなかった。
ティアたちは警備隊長のそういう考えを敏感に察知していたが、特に何か文句を言ったりせず、警備隊が図ってくれた便宜に礼を言って、出発した。
彼女たちは、少なくとも自分たちがまだ子供と呼ばれてもおかしくない年頃であることを知っていたし、まだ幼く未熟ではあっても、そのことを自覚して受け入れることができる程度には大人だった。
こうして、ティアたちは、魔王を討伐するための旅を再開した。




