2-13「ティア」
2-13「ティア」
買い物から帰って来たティアは、やたらと上機嫌だった。
「いやぁ~、いい買い物だったわ! 私たちが助けた村の出身だっていう人が働いているお店があってね、そこの店長さんがいろいろおまけしてくれたのよ! 」
「なんだか、申し訳なくなってしまうくらいでした」
ルナも口ではそう言っているものの、嬉しそうな様子だ。
2人は昨日も使っていた荷車を引いて来ていて、その荷台にはたっぷりと買い込んで来た物品が積み込まれている。
少女たちが持ち運んで旅をできる様な量では無い。全て、オークの奴隷であるサムに持ち運ばせるつもりなのだろう。
「へ、へぇ、良かったじゃないか」
感情の読めないリーンと一緒にいるのがそろそろ耐えきれなくなってきていたサムは、少しでも自分の意識をリーンから外そうとティアたちに話題を振った。
「アンタにも、いい道具を買ってきてあげたわよ」
愛想笑いを浮かべているサムにティアは不敵な笑みを向けると、荷車から荷物を漁り、そこからあるものを取り出した。
鞭だ。
「そ、そいつをどう使うんだい? 」
サムにはその答えが大方、察しがついていたが、それでもあえてそうたずねていた。
何というか、何も聞かないでいるとティアが機嫌を損ねそうな気がしたからだ。
「それはね……、こう使うのよ! 」
ティアはニヤリと笑うと、鞭を振り上げ、サムに向かって振り下ろした。
「オラオラァ! 悲鳴をあげなさい、豚の様に! 」
ビシ! バシ!
激しい鞭さばきがおっさんオークを襲った。
鞭をそれほど使い慣れていないのか、ティアの鞭さばきはまだまだ改良の余地があるものだったが、それだけに痛烈だった。
もし、人間相手にそんなことをしていたら、きっとたくさんの傷ができていたことだろう。
サムは、悲鳴を上げる。
「ぶ、ぶっひぃ~、ご主人様、お許しを~」
ただし、棒読みで。
全て、リップサービスに過ぎない。
何故なら、人間相手であれば苦痛を与えたであろう鞭による攻撃も、オークにとっては何でも無いからだ。
オークには頑丈な毛皮があり、その皮膚は硬く、そして皮下脂肪は厚い。
魔法などによる強化を受けていない槍や弓矢の攻撃をものともしない防御力を誇る天然の鎧を全身に身にまとっているのだから、鞭で叩かれても痛いはずが無かった。
かゆいとさえ、思わない。
「……。つまんない」
ティアは、心底つまらなそうな顔と声でそう言うと、せっかく買ってきた鞭を適当に放り投げて捨てた。
「オイオイ、いいのかよ? 買ってきたものじゃないのか? 」
「いいわよ、別に。オマケでもらったものだし、誰かが拾って使うでしょ」
サムがティアのあまりにも早い変わり身に驚きながらたずねると、ティアはどうでも良さそうにそう言った。
熱しやすく、冷めやすい。
聖剣マラキアを託されている女勇者であるはずのティアは、そういう性格である様だ。
「そんなことより、さ! 出発の準備をするわよ! アンタ、奴隷なんだから、たっぷり荷物を持ってもらうからね! 」
そして、気持ちの切り替えも素早い様だった。
ティアはそう言うと、サムの背中に、家畜などに荷物を背負わせる用の大きな荷袋を取り付け、そこに買ってきたものをどんどん、詰め込んでいく。
オーク用の荷袋などというものはどこにも売っていないから、馬などに持たせるようなものを買ってきたらしい。
取り付けるための紐の長さや位置などを調整して、ほとんど無理やりサムに背負わせるような形になった。
「お、おい、こんな背負わせ方、勘弁してくれよ! 」
鉄鎖のおかげでただでさえ身動きがとり辛いというのに、家畜用の荷袋を無理やり取り付けられてはたまったものではない。
サムは、今度は本気の悲鳴をあげたが、しかし、ティアは容赦しなかった。
それどころか、むしろ嬉しそうだ。
もしかすると、朝、サムが惰眠を貪っていたことをまだ根に持っているのかもしれない。
「はっ! 知らないわよ、そんなこと! 奴隷の分際で、ご主人様に逆らう気!? 」
「んなこと言ったってよ! これじゃ、まともに歩けるかどうかもわからねぇぜ! 」
「あら? ……そうなの? 」
だが、ティアは実務的な問題が発生しそうだと気がつくと、手を止めて、意見を求める様にその場にいた他の2人の少女、ルナとリーンの方を振り返った。
「あの……、少し直してあげた方が良いと思います」
リーンはティアが投げ捨てた鞭を我関せずとばかりに手で持って触って眺めていたから、代わりにルナがそう言ってティアからの問いかけに答えた。
「むぅ。仕方ない、直すか」
ティアは少し不満そうな唸り声を発すると、サムに取り付けた荷袋の位置を調整しにかかる。
自分勝手な様で、仲間の意見はちゃんと受け入れるらしい。
(忙しいお嬢ちゃんだぜ)
サムは、これから始まる旅の間、ティアに振り回されるだろうということを想像して、内心でその運命を嘆いた。
そうしている間にも荷物の詰め込み作業は続き、程なくして、出発する準備が整えられた。




