2-11「ラーミナ」
2-11「ラーミナ」
ラーミナはサムへ軽蔑するような視線を向けると、吐き捨てる様に言った。
「醜い化け物め。我が妹に、取り入ろうとでも思っているのか? 」
「んなこと、思っちゃいねぇさ。ただ、あんたの妹さんの質問に答えていただけさ。聞かれるがまま、正直に、な」
「さて、どうだかな」
ラーミナは全くサムのことを信用していない様子でそう言うと、サムから少し距離を取った位置に、建物の壁に背中を預ける様にして立った。
ちょうど近くにはかがり火もあり、暖も取れる位置だ。
だが、ラーミナがそこに位置を取ったのは、暖を取るためでは無かった。
それはあくまで、ついでのことに過ぎない。
彼女の取った位置は、サムが突然鎖を引きちぎって暴れても攻撃は届かないが、ラーミナの刀身の長い刀であれば一刀の下にサムを斬り捨てることができる、そんな距離感にある。
「貴様は、愚鈍なオークにしては、どうやら賢そうだ。それは認めよう。……だが、オークはオーク、魔物に過ぎん」
「分かっているサ、そんなこと。……アンタが思っているよりずっと、な」
喧嘩腰のラーミナの言葉を、サムは豚鼻を鳴らして笑い飛ばす。
ラーミナはサムのその仕草に不快そうに双眸を細めたが、「まぁ、いい」と呟いた。
「今のところは、生かしておいてやるさ。ティアはお前を新しいオモチャか何かの様に考えているらしいが、じきに飽きるだろう。その時は、楽に死なせてやる」
「へぇ、へぇ、お気遣いドーモ」
サムは適当に、短く言葉を返して、それきり黙った。
どうせ仲良くなるつもりの無い相手なのだから、無理をしてコミュニケーションをとろうとするよりも、会話を早々に切り上げて眠ってしまう方が建設的だと思ったからだ。
「……ところで、貴様。貴様らが戦って討ち取った4人の騎士の名前を知っているか? 」
だが、ラーミナの方は、サムに言いたいことがある様だった。
「……いや、知らないな。まともに話なんか、しなかったからな」
サムは正直、これ以上起きていたくなかったのだが、無視をしてラーミナの機嫌を損ねても困ってしまう。
止むを得ず、彼女の話に応じることにした。
「ワーヒド殿、イスナーン殿、サラーサ殿、アルバ殿。皆、立派な騎士たちだった。……それを、貴様らオークは、皆殺しにしたのだ。正直、私は今すぐにでも貴様ら魔物を根絶やしにしてやりたい気分だよ」
「へぇ、そりゃ、まぁ、そうでしょうがね」
ラーミナがあげた4人の騎士がどんな人物だったのかをサムは知らなかったが、そのことでラーミナが怒っているというのは、理解することができた。
村人の危機を救うためにその訴えに応じ、村を守るというその宣誓を破ることなく、最後まで戦って散った4人の騎士。
その行いは立派なものだと、サムもそう思う。
だが、同時に、「なぜ4人だけなのか」とも思う。
「魔物やオレのことを悪く思うのは、仕方ねぇことだと思うよ。でもよ、どうして、この辺りの領主は、あの4人の騎士と、その配下の兵隊だけしか送り込んで来なかったんだ? この辺は魔物が少ないみたいだし、魔物との戦いに慣れちゃいないってのは分かるが、領主ほどの立場の人間なら、オーク30体に兵隊50人だけじゃ足りないって、分かるはずだろ? せめて、魔術師の1人や2人、よこさないことにはなぁ」
サムの言葉に、ラーミナは舌打ちをした。
彼女も、口には出さないが、理解しているのだろう。
この辺りを治めている領主が、貧しい村のために多くの兵力と財力を費やすことを嫌い、まともに手を差し伸べようとしなかったということを。
あの50名の兵士は、勇敢だった。
そして、オークたちの手にかかって壊滅した。
実際に手を下したのは間違いなくサムたちオークの山賊団だった。
だが、その50名の兵士たちを殺したのは、領主が兵力と財産を出し惜しみにしたせいなのだ。
そのことを、ラーミナはよく知っている。
何故なら、30頭のオークたちを倒してくれる様に討伐の依頼を出し、そのために必要な報酬を集めたのは被害に遭っていた村人たちで、この地を治めている領主では無いからだ。
「あの騎士と兵隊たちは、領主が動こうとしないのを見かねて、自分から進んで村人のために戦いに来たんだろうさ。あの戦いっぷりと、青っ白いセリフを聞けば、オレにだってそのくらいの想像はできる。……確かに、立派だとは思うぜ? けどなぁ、アイツ等を死なせたのは、オレたちだけの責任でもねぇのさ。恨まれる筋合いは、まぁ、あるけどな」
「……知った風な口をきくな」
ラーミナは短く、吐き捨てる様にそう言うと、それきりだまりこんでしまった。
口ではサムに反発しているが、内心では、サムの言葉をその通りだと思っているのだろう。
オークの蛮行も許すことはできないが、それと同じくらい、領主のやり方も気に食わないのだ。
(おう、おう、若いねぇ)
サムは、不機嫌そうなラーミナを横目で見ながら、表には出さず、内心でだけ笑った。
(けど、こういう奴は、嫌いじゃねぇな。ボスも、生きていたら多分、オレと同じように思っただろうさ)
ラーミナは4人の冒険者の少女たちの中では大人びている方で、その立ち居振る舞いも落ち着いている様だったが、やはり、年相応に純粋な部分も残しているらしい。
恐らく、オークや魔物のことを毛嫌いしているのもその幼さの残る正義感によるものなのだろう。
「悪いが、オレはもう寝るぜ。どうせ、明日になれば、あのティアとかいうお嬢ちゃんにこき使われることになるんだろうからな」
サムはそう言うと、そのまま、自分が繋ぎ止められている馬繋ぎに背中を預けて、両眼を閉じた。
ラーミナは無言のままだったが、サムの眠りを邪魔しようとはしなかった。




