2-10「ルナ」
2-10「ルナ」
一行が訪れたのは、街道沿いで人通りの多い賑やかな街だったが、夜になるとさすがに静かだった。
暗い夜に、無理をして旅を続けようとする旅人は少ない。この辺りは人間が多く住んでいて、魔物の数は少なかっただが、それでも、狼などの野生動物や、人間の山賊などを警戒しなければならない。
街に暮らすほとんどの人は寝静まり、動いているのは、街を守る兵士たちだけだった。
一行が借りている宿舎の周辺も、少ないが人通りはあった。
城壁の見張りにつく兵士や、街中の巡回に向かう兵士などだ。
夜でも見通しがきく様に辺りにはいくつもかがり火がたかれていて、夜中でも人の気配が絶えなかった。
少し頑固とも思える程生真面目な警備隊長に指揮されているこの街の警備隊もまた、職務に忠実である様で、街の治安はかなり良い様子だった。
この辺りには冬が迫っているから、夜はもう、かなり冷える。
だが、オークであるサムにとって、このくらいの寒さは問題にもならなかった。
オークの太い体毛は強靭であるだけでなく、保温効果もあって寒さを感じさせない。
おまけに、分厚い皮下脂肪があって、オークは寒さから身を守るには適した身体のつくりになっている。
こういったわけで、普段であればサムはこんな寒さ何かへっちゃらで、大きないびきをかいて眠りこけているはずだったが、残念ながら今晩はもうしばらくの間眠ることはできそうになかった。
何故なら、好奇心に爛々と瞳を輝かせた、ルナという名前を持つ魔術師の少女から質問攻めにあっているからだ。
ルナは旅の間中ずっと身に着けていたローブを身にまとったうえで、小さく呪文を唱え、寒さを和らげる様な魔法を使っている。
このため、寒さも全く気にならないようで、サムにどんどん、質問を浴びせかけてくる。
「それで、それで、サムさんは、どうして畑を作ろうと思ったんですか? 玉葱を植えてみたということでしたが、どうやって畑を作る方法を知ったんですか? 」
「そ、そんなにいっぺんに聞かれてもなァ」
こんな風に質問攻めにあったことなど無かったので、サムは困り果てていた。
サムは、他のオークたちと比べると流暢に人間の使う言葉を使いこなすことができてはいるものの、オークの口の構造ではどうしても早口に言うことはできず、こんな風に矢継ぎ早に質問をされてしまうと、答えるのが到底、追いつかなくなってしまうのだ。
「オレはな、元々、略奪とか、そういうのは好きじゃなかったんだ。オークは不器用だからものを作るのは苦手で、それだったら、人間から奪った方が楽だし早いっていう考え方になっちまうんだが、どうにも、他人が苦労して作ったものを一方的に掠め取るっていうのは、性に合わなくってだな……。畑の作り方は、えっと、その、見よう見まねで、だな」
「なるほど、とっても、興味深いです! 」
ルナはやや興奮した様にそう言って、それから、今が夜中で、眠っている人もいるということを思い出し、慌てて両手で口元を抑えて、しまった、という顔をする。
「はぁ……。えっと、お嬢ちゃん、ルナさん、だっけか? どうして、オークなんかに興味を? 」
そんなルナに向かって、あまり気ノリはしない様子ではあったものの、サムの方からもそう質問をする。
ずっと縛られたままで歩き通しだったためサムも疲れており、正直、放っておいてもらって眠りたかったのだが、これから奴隷とご主人様の関係とは言え一緒に旅をすることになる相手のことは、少しでも知っておいて損は無いはずだった。
「それは、その……。実際に見て、聞くものは、学校で習うこととはずいぶん違うから、ですね」
ルナは少しだけ悩んだ後、サムにだけ聞こえる様な抑えた声でそう言った。
「私、サクリス帝国の魔法学院に通っていたことがあるんですが、そこで習ったオークについての知識は、「力強く粗暴な種族で、略奪することしか知らない。人語を解することができるが知性は低く、残酷で、人間を傷つけることを好む」っていうものなんです。でも、サムさんはちょっと、違うみたいでしょう? だから、その、気になってしまって」
聞いた話や知識だけではなく、現実に起こっていることを知りたい。
サムは、ルナのそういう姿勢には好感を持ったものの、しかし、苦笑する他は無かった。
「お嬢さん。確かに、オレはおかしなオークだが、その他のオーク、オレ以外の全部は、お嬢さんが魔法学院とやらで習ったそのままのモンだよ」
魔法学院で教えている内容は、全く正しいものだった。
オークの力は強いが不器用で何かを作り出すことは大の苦手。だが力だけは強く、人間の武器では傷つけることが難しいほどに頑強だから、人間から奪った方が簡単だと、そういう短絡的な思考をしてしまう。
人間を傷つけるのは略奪のためで、別にそれが目的と言うわけでもなかったが、人間の立場から見れば魔法学院の見解は何も間違ってはいない。
「オークは、オーク。バケモンだよ、お嬢さん。オレも、変わり者だが、結局は魔物に過ぎないのさ。……どうやったって、これは変えられねぇんだ」
サムの口調は、どこか自嘲する様だった。
自分は、魔物。
醜くて恐ろしい怪物で、人間の真似事なんて、うまくできるはずがない。
そんな自分を、サムは嗤っている。
だが、ルナは、そんなサムに、より興味を深めた様だった。
「サムさん、やっぱり不思議ですねぇ。何だか、魔物と話をしているって感じがしません。こう、禍々しい雰囲気が無いというか」
「そんな、ごジョーダンを」
サムは、ルナの言葉に肩をすくめて見せた。
ルナはまだまだサムに質問攻めを続けようとしている様子だったが、しかし、サムにとって幸か不幸か、見張を交代するためにラーミナがやって来たことで、それは未遂に終わった。
「ルナ。交代だぞ」
「あ、待って、お姉ちゃん! まだ、聞いてみたいことが」
「それは、今度にしろ。……ルナ、お前もしっかり休んでおかないと。ティアが言っていた様に、このままここに居座るわけにはいかないのだからな」
「……。分かりました」
ルナは、ラーミナにそう言われて、大人しく一行が借りている部屋へと向かっていった。
ラーミナとルナは実の姉妹であるということで、ラーミナは優しい表情でルナを見送っていた。
2人の仲は良い様だ。
だが、ラーミナがサムの方を振り返り、奴隷となったオークに向けた視線は、ルナへと向けられていたものとは正反対の、氷の様に冷たいものだった。




