2-9「鉄鎖」
2-9「鉄鎖」
サムのご主人様となった4人の冒険者、少女たちは、なかなか帰ってこなかった。
あまりにも退屈だったので、サムはすっかり眠りこけてしまった。
少女たちは、荷車を引いて帰って来た。
ガラガラガラガラ、と木製の車輪が回る音で目を覚ましたサムは、少女たちが大荷物で帰って来たことに驚かされた。
少女たちが持って来たもの、それは、鋼鉄製の鎖と、手枷、そして足枷だった。
「さぁ、待たせたわね! アンタ用に、いいものを買ってきてあげたわ! 」
荷車からサムの目の前にジャラジャラと降ろされていく鎖を見てきょとんとしているサムに、ティアが意地の悪そうな笑顔を向ける。
それから、ティアたちはサムのロープを解くと、買ってきた手枷、足枷をサムの身体へと取り付け、ロープよりもさらに頑丈そうな鎖でそれらをつないで、サムが必要以上に動いたり、暴れたりできない様にしてしまった。
サムは、何の抵抗もせず、されるままでいた。
元々抵抗するつもりなど無かったからだが、もし、少しでも不審な動きを見せれば即座に叩き斬る、そう言いたそうな怜悧な眼光で、ラーミナがサムのことを射すくめていたからだ。
「ふっふっふ、いいカッコウじゃないの! 」
頑丈な鉄製の拘束具ですっかり身動きを制限されてしまったサムを前にして、ティアはご満悦だった。
その後ろでは、自分たちが外に食事と買い物に出かけていた間、サムの見張りをしてくれていた兵士に向かって、市場で手に入れて来たらしいお菓子を渡しながらルナがぺこぺこと頭を下げている。
こういった気づかいをするところが、サムには彼女たちの育ちの良さの表れの様に思え、同時に、世間知らずっぽいなという印象が強くなる。
兵士たちは思いもかけない贈り物に戸惑いながらも、それでも、一応は喜んでくれた様子で、彼らは少女たちとサムの見張りを交代し、それぞれの持ち場へと戻って行った。
「……さて。ホラ、これがアンタの分よ」
兵士たちがいなくなり、自分たちだけになったのを確認すると、ティアは荷車に乗っていた袋の中から大きなパンを取り出し、サムに差し出した。
「へぇ、ありがたいこって。……実は、腹の虫が騒いで、し様が無かったんでさ」
特に具もなく味付けもされていない、大きな塊のままの食パンだったが、サムは文句を言わずにそれを受け取って、ムシャ、ムシャ、とふた口くらいで平らげてしまった。
新しい鉄製の拘束具は、さすがのオークでも簡単には取り外せない程頑丈なものだったが、鎖の長さがうまく調節されていて、ものを食べたりする程度には身体を動かすことができる。
「呆れた。本当に、オークって大食いなのね」
「なんなら、こんなパン、50本やそこらは楽にイケるぜ? 」
呆れと感心の入り混じった表情を浮かべたティアに、サムは不敵な笑みを返す。
「食べるだけ食べるくせに、自分では何も生み出さない。……つくづく、魔物というのは迷惑な生き物だな」
そんなサムに向かって、ラーミナが吐き捨てる様に言った。
「ま、おっしゃる通りなんですがね」
サムは肩をすくめる。
「見ての通り、オークの手ってのは、力があっても不器用でさ。畑を作るのも一苦労、だったら人間から奪っちまえと、そうなっちまうんですよ」
「でも、あなたは自分で畑を作ろうとしていたんですよね? 」
そう言って、好奇心を隠そうともしない視線をサムへと向けているのは、ルナだった。
「どうしてそんなことをしようと思ったのか、ぜひ、教えて欲しいです! 」
「お、おう、別に、そんなに大した話では無いんだがよ……」
純粋な好奇心を向けられて、サムは少したじろいだ。
こういった視線を向けられることに、サムは慣れていない。
「ちょっと、ストップ! そういう話は見張で1対1になった時にしましょう。今は、これからの予定について話さないと」
話が長くなりそうな気配を察知し、ティアがサムとルナの間に割って入った。
「とりあえずの予定を言うから、何か意見があれば言ってちょうだいね。……まず、この奴隷オークは、必ず誰か1人以上で見張ることにする。今日は兵隊さんたちに迷惑をかけちゃったけど、もうそんなことはしない。それで、休憩は交代で取って、明日、朝になったら、手分けして必要なものの買い出しと、次の目的地を決めるための情報収集をする。できれば、午後には出発したいわね」
「あれ? 何日かは、ゆっくりするんじゃありませんでしたか? 」
ティアの考えに、ルナが首を傾げた。
「そうなんだけど……。でも、ちゃんと宿を取れなかったし、あんまり長くここに居座るわけにもいかないでしょ? 」
「なるほど……。仕方ないですね。でも、次の目的地、半日だけで決められるでしょうか? 」
「ま、どっちに向かえばいいかは大まかには決まっているんだから、落ち着けるところは道すがら探しましょうよ」
ティアはそう言ってルナからの疑問に答え終わると、「他には? 」と、他の2人の少女たちを見回した。
2人共、これ以上の質問は無い様だった。
「よし。それじゃ、決まり。今日の見張りは、ルナ、あんたがやりたいみたいだからお願いするわ。交代はラーミナにお願い」
「分かりました」
「承知した」
ティアの方針に同意して頷く少女たちに向かって、サムが鎖をジャラジャラ言わせながら小さく手をあげる。
「あのさ、オレはどうすればいい? 」
すると、ティアは少しめんどくさそうな顔をした。
「アンタは荷物持ち。だけど街の人たちを怖がらせるから、そこでそのまま、鎖につながれていなさい! せいぜい、奴隷らしくしていることね! 」




