2-8「街」
2-8「街」
街の中へと入ることはできたのだが、4人の少女と1頭のオークの一行はあまり歓迎されることは無かった。
人々はみんな、魔物であるサムのことを恐れて、近寄ろうとしないのだ。
サムはロープでぐるぐる巻きにされていたし、その前後をティアたち4人の冒険者が固め、近くには数名の警備兵たちが完全武装で同行していたが、それでも、あえてその集団に近寄ろうという人はいなかった。
おかげで、ティアたちは宿屋に部屋を借りて休もうと思っても、食堂で食事をしようと思っても、商店で何かを買おうと思っても、思うようにはいかなかった。
オークが別なら、という店はたくさんあったのだが、それでは、目を離したすきにサムが何をするか分からない。
サムにそんなことをするつもりは少しも無いのだが、所詮は魔物、少しも信用などされていない。
結局、警備隊の隊長が非礼のお詫びにと、ティアたちに警備隊の宿舎の一部を貸してくれることで、ようやく一行は落ち着くことができた。
すでに、日はすっかり暮れている。
一行は、昼食は街で、と決めてきていたから、朝食以外何も食べていない。
だから腹ペコで、ティアたちはとにかく何か食事をするためにサムの見張りを警備兵たちに任せ、街へと出て行った。
警備隊の隊長との口論で良くしゃべっていたティアはかなり疲れていたし、ルナはとても切なそうな顔をしている。
ラーミナは毅然とした態度を保っていたが、それだって、「武士は食わねど高楊枝」というやつに違いなかった。
平気そうだったのは赤毛の魔術師だけで、彼女は相変わらず感情がこもっていない表情を浮かべたまま、適当な食堂へと向かっていく4人の後を歩いて行く。
考えてみれば、顔にも身体にも縫い目があり、その縫い目を境にして肌の色が違うという赤毛の魔術師も、初めて見る者にとっては異様に思えるはずの外見だった。
だが、サムがまだ名前を知らないこの赤毛の少女は黒いローブに付随するフードを目深に被っていたし、すぐ近くにはもっと人目を引くサムがいたから、特に誰かから騒がれる様なことは無かった。
4人の少女たちは、魔王を倒すために旅をしているのだという。
それが本当のことなのか、それとも話を円滑に進めるための嘘だったのかはサムには分からなかったが、とにかく、サムにとっての新しいご主人様たちは、これから先も長い旅をする様だった。
(帰ってきたら、自己紹介でもしてもらうかな)
いつ飽きられて殺されるか、サムの運命がどうなるのかは分からなかったが、とにかく、奴隷と主とはいえ、一緒に旅をするのだから、簡単に自己紹介くらいは必要だろう。
そう思ったサムは、ついでに自分にも何か食べ物をもらえないかなと淡い期待を抱きつつ、自分を監視するために残った兵士たちへと視線を送る。
そこは、街の城門のすぐ裏側に作られた警備兵たちの駐屯地の一画で、コの字型をした兵士たちの宿舎があるその真ん中、馬などをつないでおくためのちょっとした広場になっている場所だった。
サムはそこの馬繋ぎの一つに繋がれて地面に直接座り、兵士たちに囲まれて監視されている。
オークの腕では届かず、兵士たちの槍は届くという距離を保ってサムを監視していた兵士たちは、サムの視線が自分たちへと向けられたことに気づき、警戒する様に数歩後ずさって槍を構えた。
サムは、思わず苦笑する。
兵士たちが持っている槍は、古そうだったがよく手入れがされていて、人間同士での戦いでは十分に使い物になるはずだったが、しかし、オークを相手にするとなると、明らかに力不足なものだった。
ティアとラーミナが振るった剣と刀は簡単にオークたちを切り裂くことができたが、それは、魔法がかけられていたおかげだった。
どんなによく鍛えられ、磨かれた剣や槍でも、人間同士の戦いで使われる鋼の剣では、オークにはほとんど効果が無い。
同じ剣でも、鍛冶を司る種族として生まれたドワーフが、その種族にだけ伝わっている特別な金属で、特殊な方法で鍛えた剣であれば魔法無しでオークを斬り裂くこともできるだろうが、普通の人間の武器では役に立たないのだ。
兵士たちに役に立たないものを突きつけられたところで、サムとしては、どんな反応を見せればいいのか分からない。
ただ、内心では魔物への恐怖と警戒心を抱きつつも、仕事だからと、律儀に自分たちの仕事をこなしている警備兵たちの律義さに、感心とも呆れともつかない気持ちを抱くだけだ。
「まぁまぁ、皆さん、そう警戒せずに。ホラ、オレはこの通り、縛られて身動きも取れないんだぜ? 何もできはしないって」
サムがそう言って警備兵たちをなだめようとしたのは、突きつけられた刃の不快感からではなく、警備兵たちへの同情心からだった。
こうやって熱心に働いてはいても、結局、彼らの持っている武器ではサムをどうすることもできないのだから、もっと楽にしてくれた方が体力を浪費せずに済むのにと、そう思ったのだ。
実際のところは、サムが本気を出せばこのロープを簡単に引きちぎることができた。
登山などに使うための頑丈なロープではあったが、オークの膂力を抑え込むには力不足だ。
サムが脱走しないのは、あくまで、自分を助けてくれた村の幼い少女への義理のためだ。
それと、別にわざわざ騒ぎを起こそうとも思わない、それだけのことだった。
だが、オークを実際に見たことの無かった兵士たちからすると、サムの言うことはもっともである様に聞こえた。
人間基準で言えば頑丈なロープでサムはぐるぐる巻きにされていたし、動き回れない様に、ロープの先端は馬繋ぎにしっかりとくくりつけられている。
拘束されているのだから、いくら魔物とは言えど、何かできるはずがない。
そうであるのなら、サムの言う通り、あまり肩ひじを張っても疲れるだけだ。
そう思ったのか、兵士たちは槍の切っ先を降ろしたが、しかし、タイミングが悪いことに、サムの腹の虫がぐぅ、と鳴った。
兵士たちは驚き、そして恐れおののいて飛びあがり、後ろにさらに下がって、慌てて槍を構え直す。
ある者は、尻もちまでつく始末だった。
「はぁ……。お嬢ちゃんたち、早く帰って来てくれよ」
サムは、そう嘆息して、うなだれるしかなかった。
兵士たちに監視されながら、彼らを必要以上に恐れさせない様にじっとしていることは、あまりにも退屈で仕方が無かったのだ。




