2-6「旅立ち」
2-6「旅立ち」
その日は日暮れが近づいて来ていたこともあり、冒険者たちは村に宿泊した。
村人たちはせめてものお礼にと、オークたちから奪い返した食糧でティアたちに食事を振る舞い、さすがにそれまで断るのはかえって村人たちに失礼だろうと、ティアたちもその歓迎を受け入れた。
当然、サムの分の食糧など無い。
朝食に続き夕食まで食べられなかったサムは、ロープにぐるぐる巻きにされたまま、村はずれで座ったまま一晩を明かすことになった。
少女たちの奴隷になったとはいえ、サムはやはり、村人たちからすれば、憎くて恐ろしい魔物に過ぎない。
食糧を渡すことなどできるはずがないし、ましてや、屋内に入れるなど、できるはずがない。
ぞんざいな扱いだったが、サムはそれを受け入れるしかなかった。
サムにとって、いいこともあった。
襲撃が行われた日、サムに見逃されて、そして、サムを助けてくれる様にティアを説得してくれた村の幼い少女が、サムにこっそり食事を持って来てくれたのだ。
それはティアたちに振る舞われた食事の残り物で、オークにとっては微々たる量でしかなかったが、暖かな気持ちのこもったものだった。
「おい、チビガキ。そいつは、お前たちで食べな」
だが、サムはその食事を断った。
「それは元々アンタたちの食い物だし、オレにはそれを食う資格はねぇ」
「で、でも! 」
「それに、オークは大食いなんだ。たったそれっぽっちの食べ物、ちっとも食った気にならねぇぜ。逆に、余計に腹が減っちまうよ」
サムは適当に理由をつけて少女をなだめすかし、追い返すことに成功した。
そして、夜が明ける。
サムはロープでぐるぐる巻きにされたまま、ガーゴーといびきをたてて眠りこけていたが、またもや、ティアによって蹴り起こされることとなった。
「起きなさい! 出発するわよ! 」
サムはもちろん、従った。
村から旅立つ冒険者一行を、村人たちは総出で見送った。
ティアたち4人はオークを退治してくれ、村に食糧を取り戻し、人々に生きていく望みを与えただけでなく、多額の賞金を村のために辞退までしてくれた、村にとっての恩人たちだ。
ティアたちは時折村の方を振り返って手を振ったりしながら、気分良さそうに道を進んでいく。
彼女たちはほとんどタダ働きとなってしまったが、自分たちは村人たちを助けることができたのだと、それが誇らしく、嬉しい気持ちでいっぱいである様子だった。
「なぁ、アンタら、ちっと、お人好し過ぎるんじゃないかい? 」
そんな少女たちに、サムは感心しつつも、不安を覚える。
「アンタたちみたいに若いのがどうして冒険者やってるのかは知らんけどサ、こんな風に、相手が困っているからって受け取るもんを受け取らないでいると、旅なんか続けていられないんじゃないか? 」
「あら、ご心配ドーモ。でも、奴隷が心配するようなことじゃないわ」
ティアは機嫌よさそうにニコニコとしたまま、少しだけ胸を張って言う。
「それに、あたしたち、こう見えてけっこうやり手なの。報酬だって、あの村の人たちみたいに、これ以上どうしようもないってほど困ってる人たち以外からは、ちゃぁんともらっているし」
ティアは少しマントをまくって、自身の腰に身につけられた袋を指し示す。
村人たちから渡された報酬の袋よりもずっと小さい、普段から持ち歩けるような小さな硬貨入れに過ぎなかったが、中には硬貨がぎっしりと詰まっている様だった。
「へぇ、大したもんだ。冒険者ってのは、そんなに儲かる仕事だったのかい? 」
「違う、違う。あたしたちが優秀なのよ! 」
サムが感心すると、ティアは手を振って、少し自慢げにそう言った。
少し調子に乗っている様だったが、ティアたちには自慢するだけの実力がある。
サムは(やれやれ、ちっと自信過剰なんじゃないか? )と思って肩をすくめつつも、気分良さそうな新しいご主人様をわざわざ不機嫌にすることも無いと思ってその感想は胸の内にとどめておき、別の話題をティアに振った。
「それで、冒険者さんよ? これからどこにお行きなさるんですかい? 」
「そうね。まずは、街に行くつもりよ」
ティアは先頭を歩きながら、これから先の予定を指折り数えていく。
「街道沿いの大きな街に向かうの。そこで、次の依頼とか、情報とかを集める。進む方向は北の方だから、そっち方面でね。……あ、ルナ、ポーションとか、ちょっと減っていたわよね? 」
「あ、はい。まだありますけど、長旅するにはちょっと不安な数ですね」
「なら、それも買い足しましょう! ま、でも、何日かはのんびりしましょ。旅ばっかりだと疲れちゃうし、たまには息抜きもしないとね」
そしてティアはサムの方を振り返ると、不敵に微笑む。
「そ・れ・か・ら、アンタ用の道具一式も揃えないとね! 」
「オレにも何か買ってくれるのかい? へぇ、新しいご主人様はお優しいんだな」
サムは皮肉気にそう言ったが、しかし、ティアは少しも気にもとめていない様子だった。
彼女は上機嫌なまま、今度は別のことを指折りしながら数え始める。
「まず、頑丈な手枷でしょ? 鍛冶屋に頼んで作ってもらいましょ。それから、大きな荷袋。それを背負わせれば、今までよりもずっとたくさんの荷物を運べるから、行動範囲が広がるわ! あ、ちょっとした売れそうなものを買って持ち運んでおけば、路銀稼ぎにも良いわね! それから……、鞭なんかも買わないとね! 奴隷をはたらかせるには、やっぱり鞭よ、鞭! 人間相手じゃ無いんだし、何やったっていいでしょ、たぶん」
これは、いいことを思いついた。
ティアは瞳を輝かせながら、彼女たちの所有物となったサムをどんな風に働かせるかを想像しているらしい。
(ジョーダンじゃないぜ、全く……)
奴隷という身の上、どんな仕打ちを受けようとも受け入れるつもりではあったが、サムはこれからティアがウキウキしながら行うであろう過酷な扱いを想像して、辟易とした。




