2-5「報酬」
2-5「報酬」
一行はオークたちが根城にしていた場所までたどり着くと、そこにどれだけの食糧が残されているのかを確認した。
オークの襲撃を受けた村の食糧は根こそぎ奪い去られてしまっていたが、その内のいくらかでも取り戻すことができれば、もうすぐ訪れる冬を乗り越えるのに希望が見えてくる。
4人の少女たちに村人たちが行った依頼は、オークの山賊団の討伐だったが、残された食糧の在処と量を確かめることも、大事な仕事だった。
食糧は、オークたちがアジトとしていた場所の近く、自然にできた洞窟の奥に集められていた。
風雨をしのぐことができ、温度もほとんど一定となる洞窟の奥であれば食糧が腐りにくいという知恵は、オークにもあった様だった。
オークたちは大食いだったから、奪われた食糧の多くはすでに食べられた後だった。
残っていた食糧は、村人たちにとって十分な量とはとても言えない量でしかなかったが、それでも、冬の間を乗り切る希望を持てるだけの量は残っていた。
一行はそこでひとまず、もてるだけの食糧を確保すると、そのまま村へと向かった。
全てを持っていくことはできず、村人たちが後でまた取りに来なければならないだろうが、いくらかでも食糧が残っているということを、現物を持って村人たちに知らせることができれば、きっと村人たちは安心し、喜んでくれるはずだった。
少女たちはできるだけの量を運ぼうとしたが、しかし、その量はさほど多くは無かった。
彼女たちはオークを簡単に倒せるだけの力を持っているが、物を運ぶという仕事には向いていない様だった。
「なぁ、オレならアンタらよりたくさん持てると思うんだが、手伝わなくていいのか? 」
「黙れ。どうせ村人たちがもう1度来なければならないのだ。貴様の力は借りなくていい」
ロープでぐるぐる巻きにされているために荷物を持てないでいるサムはそう提案してみたが、ラーミナに睨みつけられただけだった。
一行が食糧の一部を持って村へと帰還すると、村人たちは歓声と共に彼女たちを出迎えた。
そして、1人の幼い少女とその母親を除いて、ほとんど一様にロープでぐるぐる巻きにされたサムに、憎しみと恨みのこもった視線をぶつける。
前日、すでに伝令が村人たちにサムというオークの奴隷のことを知らせていたから、村人たちの間に戸惑いは少なかったが、それでもやはり、1頭だけとはいえどうしてオークを生かしておくのか、疑問に思わずにはいられない様子だった。
オークは、村人たちの目の前でたくさんの兵士と騎士を殺害した。それだけではなく、村人たちにも被害が出ているのだ。
奴隷としてこれから冒険者一行に使われることになるのだとしても、サムが生きのびることに納得できる者は少ない様だった。
オークたちのアジトから奪還して来た食糧を村人たちへと受け渡した後、ティアたちは村人から報酬を受け取った。
それは、村人たちが冒険者を雇い入れるためにどうにかかき集めた、一袋分の硬貨だった。
中に詰まっているのは金貨や銀貨、銅貨で、とにかく、両手の手の平で抱えるほどの大きさのある袋にぎっしり詰め込まれている。
それは、村の全財産だった。
村に何か異変が起きた時の貯えとして、毎年少しずつ貯めて来た村全体の公金や、子供の結婚式の持参金や挙式の費用などとしてそれぞれの家族が貯えていたお金だった。
村は自給自足するのがやっとで、村の外に品物を持って行って売るということはあまりできない。
たまに、家畜を売ったり、出稼ぎに出たりして得たもので、その一袋分を集めるためには何年もかかったはずだった。
この世界には、各地を放浪し、魔物を退治することを生業とする、冒険者と呼ばれる人々がいるが、彼らが魔物を退治するのは基本的に有料とされている。
そうでなければ冒険者たち自身の生活が立ち行かないし、魔物と戦うという危険に見合った報酬が無ければ、誰も冒険者になろうとはしなくなるからだ。
また、依頼の内容によって、支払うべき報酬の相場というのが定められており、オーク30頭となると、決して安いものとはならない。
この村の様に、貧しい地域でも、それは例外では無かった。
ましてや、ティアたち4人は依頼された仕事を十分にこなしたのだから、報酬を払わないわけにはいかない。
村の全財産という大金だから、村人たちもすんなりとその全額を支払うつもりにはならなかったはずだ。
オークたちに略奪されて、これから訪れる冬が厳しくなると知っているのに、村の全財産を、報酬とは言え渡さなければならないのだ。
そのお金のいくらかでも残されるのなら、村人たちにとってどれだけ救いになるか分からない。
だが、ティアに渡された報酬は、最初の約束通り、満額が支払われた。
村人たちはオークという脅威が消え去っても、報酬についてごねたりせず、誠実に約束を守った様だった。
ティアは袋に詰め込まれた硬貨を確認し、報酬が約束通りに支払われていることを確かめると、そこから銅貨を数枚抜き取って、後の金貨や銀貨を全て袋へと戻して、それを村の[長老]へと突き返してしまった。
たった数枚の銅貨を抜き取っただけで、報酬のほとんどを返却するというティアの行動に村長は戸惑う。
「ぼ、冒険者殿。いいんだべか? これは、俺たちが払うって約束したお金だべよ? 」
「いいのよ、長老さん。……それに、私たちは、一部契約未達成なんだもの」
ティアはそう言うと、サムの方を親指で指さした。
「依頼は30頭のオークの退治。だけど、私たちは29頭しか倒さなかった。だからそれは違約金ね。あ、でも、必要経費は差し引いたけど」
他の3人の冒険者たちも、ティアの言葉に頷く。
今回の働きについて、ほとんどタダ働きとなってしまうのだが、彼女たちはティアの行動に賛同している様だった。
村人たちは、まだ戸惑っていた。
冒険者たちの粋なはからいに嬉しい反面、やはり、1頭だけとはいえ、魔物を生かしておくことに納得できかねている様子だった。
だが、村にとってそのお金は何よりも貴重なものだった。
これだけの金額があれば、村を立て直すのに必要なものを調達することができるようになるからだ。
「あ、ありがとうごぜぇますだ、冒険者殿」
最終的に、長老の判断で、村人たちはティアからの報酬の返金を受け入れると決めた。




