9-23「迷宮」
9-23「迷宮」
そこは、恐ろしい場所だった。
複雑に、迷路の様に作られた通路は見通しが効かず、サムたちは魔王城に向かって進みつつも、次々と魔物たちの待ち伏せを受けることになってしまった。
サムたちは魔物たちの待ち伏せを切り抜けながら、下へ、下へと進んでいく。
魔物たちは断続的に、サムたちに常に神経を使わせ、疲れさせることを狙って襲いかかってきていた。
火山性のガスと高熱から身を守る必要がなくなったために魔法を魔物たちとの戦いのために積極的に使えるようになってはいたが、休む間の無い襲撃に、1人、また1人と、兵士たちが倒れていく。
サムたちも必死だったが、魔物たちも必死な様だった。
魔王に挑もうとする勇者を防ぐ最後の防衛線ということで、かつてサムとティアたちが魔王城で戦ったような魔王の親衛隊、強力な魔物たちとの遭遇になると予想していたのだが、サムたちの前に立ちふさがる魔物には、下級のものまで多く含まれていた。
魔族も、追い詰められている。
おそらくは、陽動のために今も戦い続けている連合部隊のために魔王軍も多くの戦力を取られており、サムたちに対応するためにかき集めた戦力を手当たり次第に突っ込ませているのだろう。
それでも、数は侮れない力だった。
サムたちは進み続けたが、地図を広げてゆっくりと現在位置を確認している様な時間は無く、入り組んだ迷宮の中で度々自分たちの位置を見失いかけた。
もしここで完全に迷子になってしまえば、サムに残されている時間がつきてしまう。
それだけは、絶対にあってはならないことだった。
魔物たちとの戦いで負傷者、戦死者の数も、増えていった。
ゆっくりと落ち着いて治療を施している様な時間が取れずに、応急処置だけで我慢しなければならなかったからだ。
やがて、負傷者の数が全体の半数以上にまで及ぶと、サムたちの前進する速度は鈍くなり、立ち往生させられてしまった。
かつて、真剣に魔王と戦うことを考えていた4人の少女たち、ティア、ラーミナ、ルナ、リーンの4人は、このクラテーラ山の迷宮の構造を今でもほとんど暗記しており、一度落ち着いて負傷者たちを治療するために、少しでも安全な場所を探し出して、戦士たちはそこでようやく休息をとることができた。
魔王城に直接乗り込むことを意図していたため携行糧食の準備が無く、戦士たちは水筒の水でのどを潤しただけで、これまでの戦闘と負傷による体力の消耗に耐えなければならなかった。
ただ、アクストたちドワーフがこっそり強い蒸留酒を持ち込んでいて、望む者にはそれを分け与えてくれたから、ほんの少しだけ兵士たちは元気を取り戻した様だった。
ほっと一息つくことができたのも、つかの間のことに過ぎなかった。
やがて、サムたちは、いつの間にか自分たちが魔物に取り囲まれていることを知った。
まだ治療の終わっていない負傷者を内側にし、外側にまだ盾を持っている兵士たちで壁を作り、戦士たちは円陣を組む。
バーンが魔法の光で周囲を照らし出すと、サムたちはいつの間にか、数えきれない魔物たちに包囲されてしまっていた。
光に照らし出され、サムたちが自身の存在に気づいたと知った魔物たちは不気味な声をあげると、一斉にサムたちに襲いかかって来た。
戦士たちは体力と気力を振り絞って反撃したが、戦況は不利だった。
兵士たちは皆ここまでの戦いで疲労してしまっていたし、魔術師たちも多くの魔法を使ったために、魔力を枯渇させ始めている。
短期決戦を意図して、できるだけ多くの戦士を転移魔法で送り届けるために回復アイテムなどの持ち込みを制限したことが、裏目に出てしまっていた。
サムは戦士たちにとって守るべき対象であるはずだったが、なるべく前に出て戦った。
オークという生物は肉体的に頑健であるだけでなく、事前に食いだめをしておける体質のおかげで持久力が高く、サムはまだ多くの体力を残している。
加えて、サムには時間があまり残されておらず、少しでも早く魔王の下にたどり着く必要があった。
そのためには、サムの勇者としての力を前面に出さなければならなかった。
だが、魔物たちは途切れることなく、サムたちに襲いかかって来た。
サムたちが疲弊していることを知って、今が好機と思っているのだろう。
休憩をとったことで減っていた負傷者たちが、増えていく。
やがてサムたちは薄い一列の隊列で円陣を維持することさえ困難となり始めていた。
「おい、アルドル3世の娘! ここから先の道は分かっておるのか!? 」
苦戦する中で、負傷して包帯を巻きつつも、他の負傷者から奪ったバトルアックスで魔物たちと戦い続けていたアクストが、隣で戦っていたティアに向かって突然叫んだ。
「知ってる! だから、ここをしのぎ切れば、魔王城には行ける! 」
ティアがバックラーでリザードマンの斬撃を防ぎながらそう答えると、アクストは自身に飛びかかって来たゴブリンの顔面を叩き割りながら再び叫んだ。
「なら、勇者殿を連れて先に行け! ここは我らが防ぐ! 」
「はァっ!? そんなの、できないわよ! 怪我した人を見捨てていくなんて! 」
アクストの言葉にティアはそう言い返したが、そんなティアに、素早い斬撃でリザードマンの首を切り落としたラーミナが言った。
「ティア! 今は、アクスト殿が言うことが正しい! このままでは、全滅する! 」
「でっ、でもっ! 」
ティアはなおも迷っている様子だったが、頭では、ラーミナやアクストが言うことが正しいと分かっている様子で、口元をわなわなと震わせている。
すでに、負傷者たちも、重傷者でさえも武器を取っている様な状況なのだ。
ある者は3人がかりで弩を使って魔物に反撃し、またある者は地面に倒れ伏したまま槍を使っている。
魔物たちは、容赦がなかった。
それどころか、今が好機と、全力で攻撃をかけてきている。
サムも、ティアと同じ気持ちだった。
できれば、ここで、今生き残っている全員で生き残りたかった。
だが、サムはそもそも、自身の生還の希望を捨てて、ここに立っている。
おそらくは、この戦いに志願した兵士たちも、同じような覚悟を固めているのだろう。
そうであるのなら、サムがやるべきことは一つだけだった。
それは、魔王に勝って、世界を救うことだけだ。
「アクスト殿、後は、頼んだぜ」
サムは聖剣でミノタウロスの振り下ろすラビュリスを受け止め、押し返して斬り捨てると、一度だけアクストの方を振り返ってそう言った。
すると、アクストはにこりと笑って見せる。
「応! 勇者殿、縁があればまた、どこかで会おうぞ! 」
「ああ、また会おうぜ! 」
サムはアクストにそう答え、そして、二度と振り返らなかった。
サムは咆哮をあげると、魔物たちの包囲を突破するために前に出る。
聖剣は、もう何体の魔物を斬ったかも分からなかったが、その切れ味は少しも衰えていなかった。
サムは次々と魔物たちを切り伏せ、突破口を開いていく。
その後に続いたのは、ティア、ラーミナ、ルナ、リーン、バーンの、5人だけだった。




