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オーク35歳(♂)、職業山賊、女勇者に負けて奴隷になりました ~奴隷オークの冒険譚~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第8章「勇者」

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8-13「考えさせてくれ」

8-13「考えさせてくれ」


 世界を、救う。


 その代償に、自身の全てを犠牲とする。


 サムが、光の神ルクスに与えられた勇者としての力を発揮する唯一の方法をとれば、サムは自身の魂に深刻なダメージを受け、そして、どんな手段を用いても蘇ることはできない。


 サムは、エルフたちの前で最後の手段として「殺してくれ」と頼み込んだが、しかし、それは自分が光の神ルクスの祭壇で復活するだろうと思っていたからの言葉だった。


 だが、勇者の力を取り戻して、魔王を倒せるのだとしても、サムに待っているのは完全かつ不可逆的な「死」だけだ。

 自分は、この世界から消滅してしまう。


 自分の全てと引き換えに、世界を救う。

 それは、簡単に決められる様なことではなかった。


 だが、サムには、ゆっくりと悩んでいる様な時間は残されてはいなかった。

 こうしている間にも、魔王軍の侵攻は続いているのだ。

 諸王国は数えきれない魔物たちの攻撃にさらされ、村、街は焼かれ、城は落とされ、人々は逃げまどっている。


 サムには迷っている時間が無かった。

 自分が結論を先送りにし、考えようとすればするほど、その分多くの犠牲が生まれ、状況は悪い方にばかり向かって行く。


 エルフ族の長老、リベルの部屋を出て、自室に戻ったサムは、しばらく1人きりになりたいからと言って、自分のために用意された部屋に閉じこもった。


 自分には時間が無い。

 それが分かっているのに、すぐに決意を固められない自分が、サムは情けなかった。


 結局、自分はいつもそうなのだ。

 マールムに故郷を焼かれた時も、マールムに少女たちが傷つけられた時も、サムは動けなかった。

 恐ろしくて、身体がすくんでしまった。


 そんな自分が嫌で、今度こそ逃げないと、そう思って生きてきたはずだった。

 だが、結局、サムは人間に戻るために努力を続けることを諦め、20年もの間オークで過ごした。


 内心では、いつでも、人間に戻りたい、勇者として魔王を倒して世界を救い、臆病な自分から脱却したい。

 そう思ってきたのは間違いの無いことだったが、そう思い、願うことだけであれば、誰にだってできることだった。


 サムは、自分のことを嫌悪していた。


 自分なりに、逃げずに立ち向かってきたつもりだった。

 しかし、結局のところ、サムは臆病で、情けない存在に過ぎなかったのだ。


 光の神ルクスは、どうして自分を勇者などに選んだのだろうと、ふと、不思議に思う。

 サムの様に、勇気の無い勇者など、この世界に存在していいものなのだろうか?


 サムは、部屋の扉がノックされた音に気がついて視線をあげた。

 カーテンを閉め切った部屋の中は暗く、今の時間がいつなのかも分からなかったが、少なくともサムが部屋に閉じこもってから数時間は経っているだろう。


 誰が部屋の扉をノックしたのかは分からなかった。

 だが、サムには、そのノックの主が誰なのか、どんな用件でノックしたのかを気にする様な心の余裕もなかった。


 サムが無言のままでいると、再び扉がノックされた。

 それでもサムが反応示さないでいると、ノックをした誰かは、そのまま沈黙する。


 だが、それで諦めたわけでは無い様だった。


 ノックの主は、乱暴に扉を蹴り破り、問答無用で部屋の中へと押し入って来たのだ。


「サム! ごはんにしましょう! 」


 サムがびっくりしている前で、不敵な笑みを浮かべ、仁王立ちしながらそう言ったのはティアだった。


「メシ? メシ、だって? 」


 サムは、ティアの言葉に思わず顔をしかめた。

 今は、とてもそんな気分ではなかったからだ。


「サム、早く来る」


 だが、ティアの背後からにゅっと顔を出したリーンの次の言葉で、サムは仕方なく立ち上がることになった。


「みんな、サムが来るの待ってる。サムが来ないとごはん食べられない。私、早く食べたい。サム、早く来る。来ないと、サムを火あぶりにする」


 リーンなら、本当にサムを火あぶりにしかねない。

 それも、サムが嫌がって動き出すような、絶妙な火加減であぶってくるのに違いなかった。


 サムがティアとリーンに連れられて行くと、一行の宿となっている建物の中庭に、食卓が用意されていた。


 穏やかな陽光が降り注いでいる、気持ちの良い中庭だった。

 中庭を埋め尽くす下草と、ちょうどよい日陰を作り出す木々、そして賑やかに咲き誇っている花々。

 ピクニックをするのによさそうな場所だった。


 その中に用意されたテーブルの上には、大量の料理が山と積み上げられていた。


 それは、一見すると香ばしく焼き上げられたパンに、ハンバーグなどを挟み込んだサンドイッチの様だった。

 それが、たくさん。

 大きなバスケットに、めいっぱい積み上げられていた。


「サムさん、さぁ、座ってください! 私たちみんなでお料理してみたんですよ! 」


 サムは、やはりのんびりと食事をしている気分にはなれなかったし、どうして他の仲間たちが急にこんな料理をしたのかが分からず、戸惑うばかりだったが、ルナにそう笑顔で椅子をすすめられては、座るしかなかった。


 サムが座るのを確認すると、ティア、ラーミナ、ルナ、リーン、バーンが、次々と食卓について行く。


 そうして、一行による食事会が始まった。


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