8-6「デクス」
8-6「デクス」
全く一行のことを認めてくれない様な態度だったのに、ウォルンはあっさりと、一行をエルフの暮らす場所、天空の祭壇へと受け入れると決めた様だった。
「この者たちを天空の祭壇へと導き、長老と引き合わせる。デクス、この者らを案内し、その保証人となれ。まずは休ませ、負傷している者を治療するのだ。……他の者は、私と共に周囲を警戒せよ」
「ははっ! 」
ウォルンの指示に、デクスと呼ばれた黒髪のエルフはかしこまって頭を垂れ、他のエルフたちは周囲を警戒するために木々の間に姿を消していった。
「デクスについて行くが良い。そなたたちを、天空の祭壇へ案内するであろう」
突然事態が変わったことにまだ戸惑っていた一行だったが、ウォルンのその言葉でようやく自分たちが天空の祭壇へ入ることを許されたのだと気づき、大慌てで出発の準備を始めた。
火の後始末をし、荷物をまとめて背負い、まだ動けない状況のバーンをサムが背負った。
ウォルンは一行が準備を整え終えるのを待つと、デクスに「後は任せるぞ」と言い、他のエルフたちと同じ様に木々の向こうに姿を消していった。
「では、案内しよう。ついて参られよ」
一行の案内を任されたデクスはそう言うと歩き出し、一行もその後に続いた。
霧の晴れた森の中には、驚いたことに道があった。
それもかなり手のかかっている道で、表面を丁寧に磨かれた石畳で舗装されていて歩きやすく、デクスを先頭に一行が進んでいくと、道の左右に置かれた灯篭に魔法の光が灯って自動的に足元を照らしてくれる。
「驚くには、まだ早い。あなたたちは、これから空の上に行くのだから」
エルフの高度な魔法の力を目の当たりにして驚き、感心している一行を振り返り、デクスが少し微笑みかけながらそう言った。
その容姿もそうだったが、デクスは他のエルフたちとはやはり、雰囲気が異なっている。
他のエルフたちは皆、どこか人間を拒絶している様な気配があったが、デクスにはそれがなく、何というか、親しみやすい感じがした。
「えっと、さ、さっきは、助けてくれて、ありがとうございました」
ティアが歩くペースを速めてデクスに並び、そうお礼を言うと、デクスは首を左右に振って見せた。
「いや、私は何もしていない。ウォルン様は、最初からあなたたちを受け入れるつもりでいたのだ」
「えっ!? でも、立ち去れ、って」
「ウォルン様は、そなたたちの人となりを見極めようとしたのだ。魔王を倒すのに足る力と、精神の持ち主であるかどうかを試そうと。……そちらの魔物、オークが、実際は光の神ルクスによって選ばれし者、勇者殿であるということも、すでに知っている」
その説明を聞くと、ティアは不満そうに頬を膨らませた。
「それなら、最初から私たちを通してくれれば良かったのに。そうすれば、バーンだって危ない目に遭わずに済んだのに」
「それは、申し訳なかったと思っている。……しかし、我々には、ウォルン様も言っていたように、神々の家、天空の祭壇を守るという使命がある。確認もせずに他の者たちを入れるわけにはいかなかったのだ」
一行は誰もがティアと同じ様に思っていて、デクスはそれを察したのか、さらに説明を続ける。
「エルフは、あなたたちよりもずっと長い時間を生きていく。だから、考え方があなたたちからすれば迂遠で、分かりにくいかもしれないが、我々エルフからすれば、あなたたち人間の考え方の方が理解しがたいのだ。……それに、あなたたちには、あの3頭のゴブリンどもがつきまとっていた。奴らは暗殺者としての訓練でも受けていたのだろう。我々にも「いる」ということは分かっていたのだが、その正確な居所までは分からなかった。故に、奴らが自ら姿を現すまで待たなければならなかったのだ」
要するに、種族の違いからくる行き違いと、一行のことをいつからか付け狙っていたゴブリンたちがいたせいでこうなった、ということだったが、それでも一行には釈然としない気持ちが残る。
納得できるような、できないような、そんな感じだ。
「負傷された方は、我らエルフも治療に協力させてもらう。天空の祭壇についたらすぐに、エルフの回復術士に診てもらえる様にしよう」
一行の釈然としない気持ちはまだ消えはしなかったが、あまりこだわらないことにしようと決めた。
せっかくエルフたちが一行を受け入れるつもりになってくれているのに、あまりこだわって新たな問題にしたくなかった。
それに、バーンの容態も、エルフたちの手を借りればすぐに良くなるはずだった。
やがて、一行は森の中でも特に大きな木に囲まれている場所へとたどり着いた。
どうやらそこがエルフの森の中心地であるらしく、ここまで一行が歩いてきたのと同じ様に滑らかに磨き上げられた石畳で舗装された円形の広場の中央に、巨大な鏡の様なものが空に向かって設置されているのが見える。
その鏡の様なものは、実際には円形の泉だった。
一行が広場に入るのと同時に灯篭に灯された魔法の光によって水面が照らされ、泉に生まれた細波がキラキラと輝きを放った。
一行が見慣れない景色にそわそわしながら周囲を見回していると、背後で一行が今通って来た道が、広場を囲む木々が動いて、閉じられていく。
どうやらこの木々も魔法の木の様で、この泉を中心とした広場を周囲から隠し、守るための仕組みである様だった。
「さぁ、この泉の中に入るのだ」
デクスは一行を案内して泉の中を手で指し示したが、一行はきょとんとした顔でデクスを見返していた。
魔法の霧で覆われた深い森の中央に、天空の祭壇へと通じる「魔法の門」がある。
そう聞いていたから、一行は「門」をくぐっていくのだと、そう思っていた。
だが、目の前にあるのは、大きな泉だった。
透明度の高い綺麗な泉は深く、底なしの様に見え、その中に入っていくことは躊躇われるし、そうしなければならない意味も分からなかったのだ。
一行は、疑問と不安の入り混じった視線をデクスへと向けることしかできなかった。




