1-13「恩義」
1-13「恩義」
「ヘッ、ヘヘヘヘ……。人間トイウノハ、ドウシテ、ココマデ違イガアルノダ? 弱イ中ニ、おーくヨリズット強イノガ混ザッテイル。20年前、俺様ノ頬ニ傷ヲツケタ人間タチモソウダッタ」
ボスオークは、目の前で泰然と刀を構える女剣士を眺めながら、面白そうに笑った。
その片腕には深い切り傷があり、その傷は神経を切断したのか、ボスオークの片腕はすでに使い物にならず、だらんと垂れ下がっている。
ダラダラと流れ出る血がボスオークの毛皮と腰布を濡らし、ボスオークの顔には、苦痛からか冷や汗が浮かんでいる。
「やれやれ、若いのに、大したお嬢さんたちだ」
ボスオークと背中合わせになってお互いを守る体勢を取りながら、サムは感心した様にそう言った。
絶体絶命の状況だったが、サムはどこか達観している様で、他人事の様な印象のある口調だった。
女剣士は刀を振るって刀身についたオークの血糊をはらい、勝気そうな少女はレイピアの切っ先をサムへと突きつける。
「何か、言い残すことでもあるかしら? 」
追い詰められた2頭のオークに向かって、勝気そうな少女は、勝ち誇ったようにそう言った。
「ネェサ、ソンナモノ」
少女からの問いかけに、ボスオークが答える。
「おれタチハおーく。強イ魔物。人間カラ奪ッテ、人間、タクサン殺シタ。ココデオ前ラニ殺サレルノハ、仕方ノ無イコトダ」
ボスオークの言葉に、女剣士は少しだけ驚いた様な顔をした。
これまでただのケダモノだとしか思って来なかった相手が、意外にも潔い態度で、ほんの少しだけ感心した、そんな顔だ。
「なるほど? ま、当然ね。アンタたち、村の人たちや、兵隊さんたちをたくさん殺したものね。ま、もともと、アンタたちみたいな魔物を逃がすつもりなんてなかったけど」
「まぁまぁ、待ちなよ、お嬢さん」
サムは、自身にレイピアの切っ先を突きつけている勝気そうな少女に向かって、なだめる様な笑顔を浮かべると、その場に腰を下ろし、胡坐をかいて座った。
抵抗の意志が無いことを示すためだ。
「オレたちが悪者だってのはそうだが、な? ここは1つ、うちのボスを見逃してやっちゃもらえないかね? 」
「さむ!? 何ヲッ!? 」
ボスオークは、サムの申し出に驚いた様に背後を振り返った。
「どういうつもりかしら? 」
勝気そうな少女は、レイピアの切っ先を2頭のオークに突きつけたまま、いぶかしむ様な顔をする。
すでに戦いの決着はついているし、オークたちと少女たちとの間には圧倒的な実力の差がある。いまさらオークたちが何かをしようとしても簡単にねじ伏せることができる。
そういう状況だから、聞くだけは話を聞いてやろうとでも思っている様だ。
「どうもこうも、オレはこの人に恩義がある」
サムは、目の前で冷酷に輝いているレイピアの切っ先から目を逸らさないまま、口を開く。
「オレははぐれモノのオークだった。それを、この人は拾ってくれたんだ。オレはロクデナシだったが、それでも、ボスには返さなきゃならない義理がある」
「さむ、馬鹿ナコトヲ言ウナ! 」
ボスオークは、サムを怒鳴りつけた。
「戦ッテ負ケタノダ! 今更命ゴイナド、見苦シイコトハデキン! 」
サムは、ボスオークに対して黙っていた。
ボスオークの言うことは分かるが、しかし、自分の意見は絶対に変えないという、そういう態度だ。
「へー、アンタたち、面白いわねェ? 」
追いつめられた2頭のオークを、勝気そうな少女が興味深そうに眺めている。
「意外だわ。オークみたいな魔物にも、恩とかそういう概念があるのね? 」
「ティア」
そんな少女に向かって、女剣士がたしなめる様に言った。
どうやら、ティアというのが、勝気そうな少女の名前であるらしい。
「このオークたちは、何人もの人間を殺し、村から食糧を根こそぎ奪ったケダモノたちだ。今回だけではない。これまでも、多くの害をなしてきたはず。今見逃せば、また同じことをくり返すぞ」
「分かっているわよ、ラーミナ」
ティアはそう言って肩をすくめる。
ラーミナというのが、女剣士の名前らしかった。
「もちろん、オークなんて見逃すつもりはないわよ。ただ、ちょっと興味がわいただけ」
「まぁ、そう言わずに。オレはさ、どうなっても構わねェから、ボスは助けてやってくれよ」
そんなティアに向かって、サムは両手を地面につき、頭を下げる。
「はっ。あり得ないわ」
だが、ティアは鼻で笑うと、レイピアをサムの急所に突き入れるために構えを取る。
その動作を見て、女剣士もまた、ボスオークにトドメを刺すために刀を振り上げた。
「アンタたちみたいなケダモノを生かしておいたら、また、罪のない人たちが犠牲になるんだもの。そんなの、許せるはずが無いじゃない」
「……。ま、仕方ねェか」
ティアの言葉に、サムは嘆息すると、全てを受け入れた様に顔をあげ、ティアがレイピアを自身の心臓に突き入れやすい様な姿勢を作る。
「覚悟ハデキテイル。すぱっト、ヤレ」
サムの背後で、ボスオークもその場に座り込んで胡坐をかき、ラーミナが首をはねやすいような姿勢を作る。
「ええ、もちろん。……さよなら」
「ま、待ってください! 」
辺りに幼い少女の叫び声が響いたのは、ティアとラーミナが2頭のオークにトドメを刺そうとした、その瞬間だった。




