7-2「戦乱」
7-2「戦乱」
一行を乗せた馬車が街道を北西に向かって進んでいくのに対し、諸王国を襲っている戦火に追われた難民たちは、ぞろぞろと帝国と諸王国との国境地帯へ向かって歩いていく。
一行が最初にサクリス帝国を目指した時も難民たちと一緒だったが、今、一行とすれ違っていく難民たちの状況は、以前よりもさらに悪化している様だった。
皆、疲れて、旅塵に汚れ、恐怖におびえた顔をしている。
その服装はその旅路の厳しさからボロボロになり、背負えるだけのものを背負って、男も女も、大人も子供も、必死に歩いている。
例えそうして帝国との国境地帯にまでたどり着くことができたとしても、帝国に逃れることはできないのに、人々はひたすら南を目指して逃げていく。
他に、逃げる場所がないからだ。
諸王国は、ウルチモ城塞でその主力軍を壊滅させながらも、必死に戦っていた。
しかし、魔王軍に対して正面から戦いを挑むだけの力を失い、敗北の混乱と、その中で芽生えた互いへの不信感から弱体化したそれぞれの力を連携させることさえできず、各個に、虱潰しに攻撃を受けている。
すでに両手の指では足りない数の小国が魔王軍によって滅ぼされ、それどころか、諸王国の中で最大の大国であったアロガンシア王国でさえ、魔王軍によって占領されてしまっていた。
魔王軍による侵攻は着実に成果をあげつつあり、それに抗う力を失った諸王国はなす術も無い様だった。
そして、人々を苦しめているのは、魔王軍だけではなかった。
人々は故郷を、家を追われ、住む場所にも、着るものにも、食べるものにさえ困っている。
そういった状況の中では、生き延びるために強引な手段を取る人々も、その数を増やしてしまう。
難民が野盗となって、自分たちと同じ難民や、村々を襲っているのだ。
一行の馬車は、そういった野盗に襲われ、略奪されつくしてしまったらしい村の焼け跡をも通過していった。
黒く焼け焦げた柱が墓標の様に林立する村の建物からは未だに薄く煙が立ち上っており、焼け出された村人たちが、呆然とした表情を浮かべながらもその中から少しでも使えるものがないかを探し回っている。
普段なら、この様な事態が起きれば、すぐにその村の領主が兵を出したり、冒険者を雇ったりするなどして、野盗に対処するものだった。
だが、今は誰も、民衆に対して手を差し伸べることをしない。
ウルチモ城塞で多くの兵力を失い、魔王軍による侵攻が今日明日に迫っている中では、とても野盗にまで手が回らないのだ。
領主たちは皆、魔王軍の侵攻に少しでも備えようと必死だった。
武器を取れるものであれば誰でも兵士として雇い入れ、場合によっては徴兵によって強引に兵力をかき集め、魔王軍の侵攻から自分と自身の領地を守ろうとしている。
だが、その努力はまず、無駄に終わってしまうだろう。
人類軍は、魔王軍に対して十分に戦うことができた。
しかし、それはあくまでウルチモ城塞の強固な防御力と、諸王国が一致団結して結集した、10万名にもなる大兵力のおかげだった。
諸王国に多数存在する小国たちは、水面に浮かぶ小さな木の葉の様なものだった。
ほんの少し、大きな波が起これば、簡単に水面の底へと沈んでしまう。
実際、魔王軍に対して精一杯の抵抗を示しながらも、小国たちは次々と滅ぼされている。
難民たちの中には、恐らくは相応の立場にいたのであろう諸侯が、みすぼらしい姿となり、わずかな護衛を引き連れながらトボトボと歩いていく姿も混ざっている。
その姿は、他の難民たちと少しも変わらない。
平時の彼らが見せている威厳や高貴さとは全く無縁の姿だった。
サムは、馬車の幌の隙間から焼け焦げた家々の残骸を眺めながら、自身の故郷の最後と、そして、もう数か月前になるが、サムがティアたちの仲間になるきっかけを作ってくれた少女が住んでいた村のことを思い出していた。
サムがいたオークの山賊団が襲撃した村に住んでいた、サムのことを助けてくれるようにティアに必死に願い出てくれたあの幼い少女だ。
少女が住んでいた村は辺鄙な山間部のド田舎だったし、諸王国の中では比較的南の方にあったから、まだ魔王軍による攻撃を受けずに済んでいるかもしれない。
それでも、このままいけばあの少女が住んでいる村も、今、一行が馬車で通り過ぎた村の様になってしまう。
野盗に焼かれるのか、魔物たちに焼かれるのか。
それは分からなかったが、どちらにしろ、明るい未来は想像できない。
そして、諸王国中の村という村、街という街が、同じ様な危険に瀕しているのだ。
サムは、たった今通り過ぎてきた、焼かれた村の人々が今後、どうするのかを想像した。
他の難民たちと同じ様に、わずかな救いの望みにかけて南を、帝国を目指すのか。
それとも、自分たちの村を襲った野盗と同じ様に、自分たちも生きるために略奪する様になっていくのか。
いずれにしろ、明るい未来ではない。
辛い日々となるはずだった。
サムには、その暮らしの辛さが想像することができた。
オークとなってから、20年。
故郷を失い、人間の社会からつまはじきにされ、人間から恐れられる魔物として生きてきたサムは、着の身着のまま、ゆっくり眠ることのできる家もなく、まともに着ることもできず、食べられるものは何でも選り好みせずに食べて生きてきた。
そんな生活にはすっかり慣れ切ってはいたが、一行と旅をするようになり、「人並み」の暮らしというものを思い出すことができたサムにとっては、もう二度と戻りたくない生活だった。
諸王国の人々が、自分と同じ辛い境遇に陥ろうとしている。
それは、サムにとって悲しむべきことであり、同時に、サムに覚悟をうながすものだった。
それを止める力を、その使命を、サムは背負っているのだ。
今は1頭のオークに過ぎないサムは、本当は、光の神ルクスによって選ばれし者、勇者なのだから。
自分に、あの困窮し、絶望しつつある人々を救う力があるのだとすれば、サムは、その力を迷うことなく使うつもりだった。




