7-1「エルフとドワーフ」
7-1「エルフとドワーフ」
一行の旅の新たな目標となった2つの種族、エルフとドワーフ。
かつて、光の神ルクスに属する陣営で共に戦った種族であるにもかかわらず、人間はほとんどこの2つの種族について知らなかった。
それは、太古の神々の戦争から、長い年月が経過したからというだけではない。
外見や身体的な特徴だけではなく、文化や考え方が異なるそれぞれの種族は、互いに交わることなく、離れて暮らす方を好んで来たためだ。
この3つの種族は、同じく光の神ルクスの陣営で戦ったが、人間がルクスによって生み出されたとされているのに対し、エルフもドワーフも、別の神によって生み出されたとされている。
エルフは、この世界を生み出し、数多くの神々をも生み出した創造神「クレアーレ」が、自身の創業を手助けさせるために生み出したとされる種族だった。
他の神々と並び、創造神クレアーレによって直接生み出された種族であるエルフは、現在この世界に息づいている様々な種族の中で、もっとも神々に近い存在とされている。
長身で芸術品の様に美しく整った容姿を持ち、神々が用いていたのに近いとされる強力な魔法を使いこなすエルフたちは、何よりもその長命で知られていた。
一般的なエルフの寿命は500年ほどとされているが、創造神クレアーレから直接生み出された最初の世代のエルフ、エンシェントエルフと呼ばれる者たちが未だに存命であるという噂さえあり、エンシェントエルフの直系の子孫であり、エルフたちの族長的な立場にあるハイエルフたちは、1000年以上も生きるとされている。
同時に、エルフたちは人間に対して特に排他的で、進んで関わり合いを持とうとしないことでも有名だった。
その理由は人間たちにはよく理解されていなかったが、人間の世界でエルフの姿を見かけることは稀であり、人間がエルフの住む場所、かつて神々が住んだとされる天空に浮かぶ宮殿、今は神々を祭るための祭壇となっている「天空の祭壇」を訪れた例は、長い歴史の中で数えられるほどしかなかった。
ドワーフは、光の神ルクスの弟の1人であるとされる火の神、イグニスによって生み出された種族だった。
エルフは創造神クレアーレによって生み出されたから、人間やドワーフよりも遥かに古くからこの世界に存在していたが、ドワーフは光の神ルクスと暗黒神テネブラエとの神界戦争が行われた時代に生み出された種族だった。
その歴史の長さは、人間とほとんど変わらない。
自身の姉である光の神ルクスに協力する立場であった火の神イグニスは、ドワーフを暗黒神テネブラエ打倒のために生み出した。
ドワーフは元々、聖剣「マラキア」を作り出すために生み出された種族だったとされている。
このため、ドワーフたちは採鉱と冶金技術、そして優秀な鍛冶職人として知られている。
こういった仕事に特化して生み出されたとされるドワーフたちは、人間よりもずいぶん背が小さかったが、筋骨隆々としたたくましい身体つきをしており、その力の強さは人間を遥かに上回る。
その平均寿命も人間より長く、200年ほどとされていて、男性、女性共に豊かな髭があることで知られている。
ドワーフたちは、人里離れた、その代わり優れた鉱脈のある場所に暮らしている。
エルフとは異なり、ドワーフは人間とは食料を調達するためにかかわりがあり、ドワーフたちは採鉱した鉱物や、自分たちで鍛えた武器や鎧を人間に輸出し、代わりに日々の食糧の多くを獲得している。
噂では、ドワーフは長い歴史の間に築き上げた長大な坑道に拠ってあちこちに暮らしているとされているが、実際にその姿を目撃した人間は少なく、ドワーフたちの大きな集団が「ドワーフの谷」と呼ばれている僻地にあることだけが知られている。
伝説では、暗黒神テネブラエ、そしてその第一の配下である魔王ヴェルドゴを打ち倒すために作られた聖剣マラキアは、ドワーフが鍛え、エルフが魔法の力を与えて完成させたとされている。
以後、魔王をクラテーラ山に封じ、暗黒神テネブラエを使者の世界へと閉じ込めた聖剣マラキアは、復活を遂げようとする魔王を打ち倒し、封じ続けるためにその力を発揮してきた。
その年月は、およそ数千年。
平均寿命が100年にも満たない人間たちの間では、その正確な歴史さえ忘れ去られようとしているほど長い年月の間、聖剣マラキアはその役目を果たして来た。
だが、聖剣マラキアは、失われた。
ティア、ラーミナ、ルナ、リーン、そしてサムには、それぞれの思いがあったが、それでも、貴重な聖剣を失ってしまった事実は揺るがない。
一行はウルチモ城塞から脱出し、聖剣マラキアを修復し、サムに勇者の力を取り戻すために厳しい旅を続けてサクリス帝国までたどり着くことができたのだが、思い通りにはいかなかった。
魔物と手を組んだイプルゴスの陰謀に端を発したサクリス帝国の混乱状態は、一行が帝都ウルブスを離れ、エフォール将軍とテナークスの配慮で準備された馬車に揺られながら、エルフとドワーフが住む地を目指して旅を続けている間にも深まりつつある。
起死回生を果たすために打って出たエフォール将軍が勝利できたかどうかの知らせはまだないものの、通過する帝国の街で、村で、人々の動揺は日に日に強まっている様だった。
やがて一行は、かつてテナークスとの再会という好運によってやっとの思いで通り抜けてきた国境地帯へとたどり着くことができた。
そこを守備している帝国軍第2軍団は未だにエフォール将軍とイプルゴス、どちらにつくかを決めかねたまま、曖昧な態度をとっていたが、それでも、一行は来た時とは異なり、簡単に出国することができた。
ここでは未だに帝国の制度が生きており、エフォール将軍とテナークスの働きかけによって帝国議会の名のもとに正式に発行された通行証が、きちんと機能してくれたからだ。
エフォール将軍とテナークスが用意してくれた馬車は、このまま、諸王国の中の1国、ティア、ラーミナ、ルナの3人の少女たちの生まれ故郷であるパトリア王国まで一行を乗せていってくれることになっている。
パトリア王国はちょうどエルフとドワーフに会いに行くために通過しなければならない道の途上にあり、また、その国王であるアルドル3世は、人間の中では珍しくエルフとドワーフの住む地を訪れた経験を持っていた。
ウルチモ城塞が陥落し、魔王軍が諸王国になだれ込んできてから、かなりの時間が経っている。
一行は、少しでも有益な情報が得られればという思いもあったが、何よりも唐突に別れなければならなかったアルドル3世やステラ、ガレア、キアラのことが心配だった。
一行を乗せた馬車は、以前よりもさらに数を増している諸王国からの難民たちの間を縫い、ガラガラと車輪を回しながら、パトリア王国へ向かって走り続けていった。




