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オーク35歳(♂)、職業山賊、女勇者に負けて奴隷になりました ~奴隷オークの冒険譚~(完結)  作者: 熊吉(モノカキグマ)
第6章「サクリス帝国」

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6-28「弑逆(しいぎゃく)」

6-28「弑逆しいぎゃく


 大国の国家元首にふさわしく、皇帝の居室は豪華な作りだった。

 部屋は広く、天井は高く、天窓から朝の陽光が輝きながら降り注いでいる。

 床には分厚いカーペットが敷かれ、壁や柱には部屋の雰囲気を損なわない限りの装飾が施され、巨匠と呼ばれるような人々が描いた絵画が何枚も飾られている。


 部屋だけでなく、おかれている家具も素晴らしく、手の込んだものだった。

 素材は全て厳選された最高級品で、熟練の職人が丁寧に仕上げた家具は美しい装飾と曲線を持ち、貴重品であるガラスがふんだんに使われている。


 落ち着いた、荘厳な空間がそこにはあった。


 そして、その部屋の奥、天窓からスポットライトの様に陽光が降り注ぐ先に、皇帝の寝台があった。

 目もくらむような黄金の細工で彩られた、1人の人間用としては広すぎるほどの大きさを持つそのベッドの上には滑らかな絹で作られた白いシーツが敷かれ、その上に、老齢に達した皇帝が横たわっている。


 一行は、その光景を見て、息をのんだ。


 陽光を浴びて白く輝くシーツが、鮮血で赤く染まり、その赤は今もじわりじわりと広がっていく様に見えたからだ。


 亡骸と化した皇帝の横で、抜き身の剣をその手に持ったイプルゴスが立っていた。

 その剣の刃には、皇帝のものなのだろう、血が生々しくしたたっている。


 一行が唖然あぜんとして息をのむ中、一行の存在に気がついたイプルゴスは、一行に向かってゾっとする様な笑みを浮かべた。


「やぁ、諸君。1歩、遅かったようだな! 見ての通り、皇帝陛下はたった今、天に召されたところだ」


 それから、イプルゴスは声を立てて笑った。


 一行は、イプルゴスの気がおかしくなってしまったのだと思った。

 何故なら、その足元には、先ほど命がけでイプルゴスの身を守ったはずの護衛兵が、恐らくは皇帝の見張りのために残っていたはずの数名の兵士と一緒になって、遺体となって転がっていたからだ。


「あっ、あんた……っ、まさか、皇帝を殺したの? 部下も、自分の手で!? 」


 ティアが、驚きと怒りに震えながら、かろうじてイプルゴスの方を指さした。

 イプルゴスは、いよいよ愉快そうな笑い声を立てる。


「くははっ! いいや、違う、違うよ、ニセ勇者殿。これは全て、キミがやったことになるんだ! 」

「……はぁっ!? アンタ、何を言ってるのよ!? 」


 一瞬遅れてイプルゴスの言葉を理解したティアは、気色ばんで前のめりになる。


「アンタ、そんな血のついた剣を持って、言い逃れできるとでも思ってんの!? すぐにエフォール将軍だって駆けつけてくるのに! 」


 しかし、イプルゴスは笑みを崩さない。


「言い逃れ? いいや、そんなことをする必要は、私にはないよ。全く、必要ない」

「何言ってるのよ!? あんた、魔物と組んで、どうかしちゃったんじゃないの!? 」

「くくく、そう、魔物! 魔物だ! マールム殿が、全てを変えてくれる! 」


 イプルゴスのすぐ近くで、何もないはずの空間が揺らぎ、波紋が生まれたのは、イプルゴスがそう言って笑った直後だった。


 一行が身構える中で、波紋の中からマールムが現れる。


 マールムは血に染まっている皇帝の遺体と、マールムの姿を前にして凍りつく様になっている少女たちとサムの姿を眺め、愉悦ゆえつゆがんだ笑みを浮かべた。

 それから、イプルゴスに向かってうやうやしい態度をよそおい、こうべを深々と垂れる。


「魔王軍四天王、マールム。ただ今、お迎えに参上いたしました」

「うむ。マールム殿、かたじけない」


 マールムの言葉に大仰にうなずいて見せると、イプルゴスは剣を軽く振って血糊ちのりを払うと、その剣をさやの中に戻した。

 そして、その肩に、マールムの手がそっと置かれる。


「それでは、諸君。……ごきげんよう! 」


 イプルゴスがそう挨拶あいさつをするのと同時に、再び空間が揺らいだ。

 今度はマールムの周囲だけではなく、イプルゴスをも囲む様に。


 その光景を見て、一行は、イプルゴスがマールムの手を借り、転移の魔法によってこの場から脱出しようとしていることを理解した。


「まっ、待ちなさい! 」


 ティアが慌てて駆け出し、ラーミナが持っていた刀をイプルゴスへと向かって投げつけたが、遅かった。

 イプルゴスの姿も、マールムの姿も波紋の中に消え、ラーミナが投げつけた刀は空を切って、部屋の壁に突き刺さっただけだった。


「……ぁあっ、もぅ! またっ!? またなの!? 」


 目前でイプルゴスに逃げられ、ティアは自身の黒髪を両手でぐしゃぐしゃにしながら、悔しそうにそう叫んでいた。

 マールムの実力を考えればここで戦わずに済んだことをむしろ喜ぶべきなのかもしれなかったが、ウルチモ城塞に続き、ここでも何も手出しできずに逃げ出されたことが悔しいという気持ちは、みんな同じだった。


 ルナとバーンはその間に皇帝の遺体へと駆け寄り、その容態を確認したが、やがて2人は落胆した様に肩を落とした。


「お、おい、魔法とか蘇生薬で、何とかできねぇのか!? 皇帝が殺されたのは、ついさっきなんだろう!? 」


 魔王城の戦いで少女たちが蘇生される様子を実際にその目で見ていたサムはそう問いかけたが、しかし、ルナは首を左右に振った。


「残念ですが、間に合いません。魔法はかけられますが、蘇生薬は手元にありませんし、皇帝陛下は老齢でした。魂と肉体の繋がりがもう離れてしまっているんです。私たちでは、どうしようも……」

「そんな……」


 サムは、言葉を失って立ち尽くすしかなかった。


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