6-19「化け物」
6-19「化け物」
一行が状況を飲み込めずにぎょっとしていると、フォリーの身体に、急激な変化が起こった。
突然体中が盛り上がり、服が、皮膚が裂けて、中から筋肉と骨格が盛り上がり、そして、失われたはずの頭部が「生えて」きた。
驚きのあまり動けないでいる一行を見まわしながら、復活を果たしたフォリーは愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。
「驚いたかね、諸君? これが、私が50年かけて作り上げた成果だよ」
やがて、フォリーの変化が終わると、そこには1体の「化け物」がいた。
その姿は、概ね、人間と言って良かった。
だが、その筋肉と骨格は異常な発達を示し、上半身は骨格が外部に露出して鎧の様になり、脚は関節が逆になり、背中には翼が生えている。
皮膚は破れたまま再生することなく、内部の筋組織がむき出しになっている部分と、破れた皮膚がそのまま残っている部分とに分かれている。
顔だけが、元のフォリーのままだった。
「素晴らしいとは思わないかね? 人間よりも遥かに強靭で、傷つくこともなく、そして、老いることもない。……完璧な生命体の姿だ」
フォリーは自身の変身に満足そうだったが、それを見ている側は、言葉を失ったまま呆然としていた。
異形の化け物と化したフォリーを前に、どう反応すればいいのか、少しも分からなかったからだ。
だが、少女たちと1頭のオークは、動き出さなければならなかった。
怪物となったフォリーが、襲いかかって来たからだ。
まず、標的となったのは、一行の中で唯一、まともに武装をしていたラーミナだった。
フォリーは逆関節の脚でしなやかに跳躍すると、その手から鋭い鉤爪を生やし、ラーミナへと切りつけた。
咄嗟に、ラーミナは身をかわしてその攻撃をよける。
フォリーと自分とでは質量差が大きく、爪による攻撃をとても受けきれないし、そもそも、兵士が持っていた軍からの支給品である剣は平均的な品質しか持っておらず、切れ味も強度も自信が持てないものだったからだ。
「みんな、散って! 」
我に返ったティアがそう叫ぶと、一行は実験室の中で散らばった。
まともな武器も鎧も持っていない今の一行にはフォリーの攻撃を回避するしか身を守る手段がなく、ひとつに固まっていては身動きが取れない。
「クハハハハッ! いいだろう、1人ずつ順番に処分してやる! なぁに、安心しろ、その死体は私が骨の髄まで、肉のひと欠けらまでちゃぁんと利用してやるからなぁ! 」
逃げ惑う少女たちと1頭のオークを見下しながら、フォリーは愉快そうに笑うと、再び跳躍して、今度はバーンへと襲いかかった。
一行の中で唯一ちゃんとした杖を持つバーンは、ラーミナと並んで脅威となりうる相手だと認識されたのだろう。
バーンは咄嗟に呪文を唱えて対抗しようとしたが、そのバーンを、リーンが体当たりする様にして突き飛ばした。
その直後、2人がいた空間を、フォリーの鋭い爪が切り裂いていく。
おそらく、あのまま呪文を唱えていたなら、バーンはフォリーの爪によって切り裂かれてしまっていただろう。
「あ、ありがとう、リーン」
それを理解したバーンは自身をかばう様に覆いかぶさっていたリーンにそうお礼を言い、リーンは声がまだ出ないのかうなずきながら、バーンを助けて立ち上がった。
2人を援護するために、ラーミナが再び剣で切りかかり、ルナとティアがそれを支援する。
しかし、ラーミナが振り下ろした剣はフォリーの体外に露出した骨格に阻まれ、その表面を叩いただけだった。
「愚かな! その様な剣、この体には通じんわ! 」
フォリーは優越感に浸る様にそう叫んで、爪のついた腕を横なぎに振るう。
ラーミナは床に転がる様にしてその攻撃を回避したが、フォリーは巨大化した足を振り上げ、今度はラーミナを踏みつけようとした。
「ぅおおおおおッ! 」
サムは、そうはさせまいと、フォリーに向かって雄叫びをあげながら突進した。
鎖につながれたままの脚では速く走ることもできなかったが、両手を振り上げ、叫びながら突っ込んでくるオークの姿は、フォリーの意識をそらすには十分に役立った。
フォリーはラーミナを踏みつけるのを止め、振り上げていた脚で、サムのことを蹴り飛ばした。
逆関節に変化していたフォリーの脚には、馬の様に蹄がついていた。
その蹄つきの脚で蹴られたサムは、猛烈な衝撃を感じながら吹っ飛ばされ、リーンが拘束されていた実験台をなぎ倒しながら床の上に転がった。
その蹴りはおそらく、サムがオークではなく、人間のままであったら、死んでいただろうと思わせるほどの威力だった。
頑丈な毛皮と分厚い皮下脂肪に守られているオークであっても、息が詰まり、蹴られた箇所が激しく痛むほどの攻撃なのだ。
もしかすると、骨にヒビくらいは入ってしまったかもしれなかった。
サムが攻撃を受ける間にラーミナはフォリーから距離を取ることができたが、しかし、それは時間稼ぎでしかなかった。
フォリーの変化した身体は強靭で素早く、一行には、それに対抗できるだけの武器が無い。
頼みの綱は魔法だったが、それも、呪文をきちんと唱えられるだけの時間、フォリーの動きを止められなければ発動できない。
悔しそうな表情を浮かべる一行を見下しながら、フォリーは愉快そうに嗤う。
「どうだ、素晴らしいだろう! これが、魔物を研究することで得た私の力だ! 何が「倫理に反する」だ! 私の偉大な研究の成果を、私を追放した無能どもとその弟子たちに思い知らせてくれるわ! 」
実験室の中に、フォリーの笑い声が反響しながら響き渡った。




