6-17「暗部」
6-17「暗部」
ティア、ラーミナ、ルナの3人を檻から救出した後、一行は、魔法学院の薄暗い地下を密かに進んで、リーンを助け出そうとしていた。
魔法学院の歴史は、帝国が成立してからの歴史よりも遥かに長い。
その長い歴史の中で、その地下空間は様々に拡張され、改築され、複雑に入り組んでいる。
リーンが連れ去られていったのは、そのさらに奥深くだった。
魔法学院の地下は封鎖されてから長く、その奥深くにまで足を踏み入れた人間はいない。
「みなさん、こっちです」
地下水がにじみ出て、ジメジメとして苔むしている地下通路を淡い魔法の光だけを頼りに進みながら、バーンが一行を先導していく。
まるで、そこが自分の家であるとでも言う様な迷いのなさだった。
「ずいぶん、詳しいじゃねぇか? 」
サムはなるべく鎖が音を立てない様に慎重に進みながら、曲がり角でそっと次の進む先をうかがっているバーンに、小声でそう聞いてみた。
サムの鎖にはバーンが魔法をかけて音が出にくくなるようにされているのだが、元々鎖にかけられていた魔法と干渉しているせいか完全ではなく、油断するとジャラジャラと大きな音が出てしまう。
バーンは一瞬、今はそれどころではないという顔をしたが、彼はすぐに自分がリーンのことで追い詰められた気持ちになっていると気づき、「落ち着くためには、昔話は良さそうだ」と考え直したのか、サムの質問に小声で答え始める。
冷静沈着な性格である様だ。
「僕とリーンは、50年ほど前に、ここでフォリーによって作られましたから」
「作られた? 」
「はい。……サムさんも、僕たちが魔法実験によって作られた合成人間だということは、ご存じですよね? 」
「ああ。よく分からんが、その見た目も、そういう事情があるからなんだろう? 」
「そうなんです。……フォリーは、生命の研究、簡単に言うと、神の様に、永遠に生きられる「完璧な生命」を生み出そうとしていました。その一環として、何人もの人間の死体を元に、魔力を糧に動き続けることができる様に作られたのが、僕とリーンなんです」
サムの質問に同じく小声で答えたバーンは、「フォリーがまたその実験を再開しようとしているのなら、こっちの実験室にいるはずです」と言って、安全を確認できた通路へと進んでいった。
魔法によって灯された淡い光の中で、一行は、魔法学院の地下に隠されていた「暗部」の姿を目にすることになった。
何に使われていたのかもわからない、様々な実験道具。
「実験動物」のために使われていたのであろう、いくつもの牢獄と、その中に横たわる、動物なのか、魔物なのかも分からない様な、奇妙で不気味な死骸たち。
今でも悪臭を放つ液体が漏れ出している樽がいくつもあり、積み上げられた麻袋が経年劣化して破れ、中の物質がこぼれている倉庫。
中には、一目で想像したくない用途に使われていたと分かる、様々な拷問器具などもあった。
(うへぇ……。地上の建物は立派だったが、地下は、なかなかおどろおどろしい場所だぜ)
サムはそれらの光景を見ながら、驚きと呆れと恐れの入り混じった顔をする。
ラーミナとルナの反応も、似た様なものだった。
だが、ティアだけは違っていて、表情を険しくしてはいるものの、驚いてはいない様子だった。
どうやら、かつてこの場所に来たことがある様子だった。
「変わらないわね、ここは」
そう呟いたティアに、バーンは驚いたようにティアの方を振り返った。
「ティアさん、ここに来たことがあるんですか? 」
「ええ。魔法学院に通っていたころ、学院内の生活に嫌気がさしてね。探検したの。いろいろ見たくないものも見て……、最後に、ポツンと牢獄に取り残されていたリーンと、眠り続けていたあなたを見つけたの。それからしばらくの間あなたたちのところに通って、リーンと仲良くなって……。最後にはテナークス先生に見つかって、大目玉を食らったわ。図書室の本を全部整理させられたわよ」
「……それ、初耳です。ということは、僕とリーンが外に出られたのは、ティアさんのおかげというわけですね? 」
「違うわ。テナークス先生のおかげよ。……魔法学院は、あなたたちを50年間も地下に閉じ込めて、忘れていたんだもの。それを地上に出すって決めたのはテナークス先生なの」
「そうでしたか。……リーンを助け出したら、2人でテナークス先生のところに、改めてお礼にうかがわないとですね」
ティアから伝えられた昔話に意外そうな顔をした後、何か決意をした様にうなずいたバーンはそう言って、それから、手を横に広げて、一行に「とまれ」の合図をした。
「もうすぐ、フォリーの実験室です。……みなさん、慎重に」
一行は、無言のままうなずいた。
イプルゴスがクーデターを起こし、帝国の実験を掌握してからまだ間もなく、手が回っていないということもあるせいか、ここまで一行が遭遇した見張りの兵士は、少女たちを閉じ込めていた檻を見張っていた1人の他には、誰もいなかった。
フォリーはどうやら近くに自分以外の人間が近づくのを嫌がっている様子でもあり、恐らくフォリーは今、1人だけだ。
奇襲することができれば、状況は一行にとって有利に働く。
杖を失ったままのルナは簡単な魔法しか使えず、剣も見張りの兵士から奪った1本しかなく、ティアは落ちていた古い松明を棍棒代わりにしている様な状態だ。
一行の戦力は、決して豊富なものではない。
バーンの魔法は頼りになったが、フォリーは優秀な魔術師であり、正面から戦って勝てる見込みもなかった。
(いざとなりゃ、俺が突っ込むしかねぇか)
サムは、自身の手と足を拘束したままの鎖を忌々(いまいま)しそうに見下ろしながら、内心でそんな決意を固めていた。
サムにとって、醜い豚の魔物、オークでいることは苦痛ではあるものの、今は、肉体的には非常に頑健なオークであるという状態を最大限に活用しなければならなかった。




