6-16「救出」
6-16「救出」
「さて、では、我輩もそろそろ失礼するとしよう」
イプルゴスたちの足音が遠ざかって行った後、マールムは檻の中の3人の少女たちを見下ろしながら、その長い舌で舌なめずりをした。
「これから、お嬢ちゃんたちの故郷を焼き払い、人間どもを根絶やしにしなければならないのだからな! 」
そして、イヒヒヒッ、と気色悪い笑い声を漏らす。
「ああ、聞こえるだろう! 恐怖と絶望に打ち震えながらも立ち向かってくる人間たちが、我輩の刃に切り裂かれる断末魔が! 逃げ惑う人間どもを焼く炎が! ああ、たまらん! たまらんなぁ! 」
「このっ! 絶対、アンタを倒してやるんだから! 」
マールムに、ティアは立ち上がり、檻の鉄格子の隙間に顔を突っ込むようにしながら叫んだ。
マールムは、そんなティアのあごに自身の指をはわせる。
「くくく、その意気だ、勇者志望のお嬢ちゃん。あがけ、あがくのだ! 決して、我輩を退屈させてくれるなよ? キヒヒヒッ! 」
そう言い残して、屈辱で涙を流すティアを愉快そうに見ながら、マールムは波紋の中に姿を消していった。
マールムの姿が消えると、ティアは元の場所まで後ずさりし、すとん、とその場に腰を下ろす。
それから、「ああ、もう! 」と叫んで、じたばたと暴れ出した。
「ティア、落ち着け」
そんなティアの様子を見て、ラーミナは顔をしかめる。
ティアは暴れるのをやめると、不満そうな顔でラーミナの方を見た。
「だって、悔しいじゃない! ……そりゃ、私が勇者を騙ったっていうのは事実だけどさ。それを、魔物と手を組んだイプルゴスが、サクリス帝国の皇帝になるために利用されるだなんて! 」
「それは、そうだが。しかし、まずはここを出ないことには、どうにもならないし」
「……。そうなんだよねぇ」
ラーミナの言葉で、ティアは自分の手にはめられた手枷を見てため息を吐くと、がっくりとうなだれる。
「リーンさんのことも、心配です」
同じ様にうなだれていたルナは、今にも泣き出しそうな声だった。
「昔の話として聞いていはいましたが、フォリーという人は、かなり危険な、倫理的にも許されない様な実験を行っていた魔術師です。それが理由で魔法学院を追放され、魔法学院の運営方針も大きく改革されたということですが……。そのフォリーが、魔物と手を組んで何をしようとしているのか、考えただけでも、怖いです」
「ホント、その通りよ。……ねぇ、ルナ、この手枷、何とかならない? 」
「いろいろ考えてみたんですが……。やっぱり、私自身の魔法も封じられている状態では、どうにも」
少女たちは必死に考え続けたが、状況を打開する手段は何も思い浮かんでこない。
やがて、ティアは仰向けに寝転がって、忌々しそうに自身の手枷を見上げた。
「この手枷さえどうにかできれば、こんな檻、さっさと出て、リーンを助けに行けるのに! 」
「おい、うるさいぞ! 」
その時、少女たちを見張るために残っていた兵士が、自身の手甲でガン、と檻の鉄格子を叩いた。
だが、ティアは黙らない。
「何よ! アンタも、魔物とイプルゴスが手を組んでるの見たでしょう!? あんなのに従ってるなんて、どうかしてるわよ! 」
「うるさい! 黙れと言っているんだ! 」
「へっへ~ん、悔しかったら、アンタが檻の中に入ってきて、私の口を直接ふさいだらどう? 」
兵士が檻に入ってくれば、これ幸いと3人がかりで襲って鍵を奪取してやろうと思い、ティアはにやりと不敵に笑って挑発してみたが、しかし、兵士は応じなかった。
代わりに、両手を体の前で組んで、少女たちを見下ろす。
「ふん! お前らはどうせ、もうじき、フォリーに言われた通りに動き、言われたことしかしゃべらない人形になっちまうんだ! せいぜい、ジタバタするんだな! 」
物陰から兵士に向けられた魔法の杖の先端から魔力が放たれ、兵士を一瞬で眠らせてしまったのは、その時だった。
意識を失って兵士がその場に崩れ落ちると、物陰から、2つの人影が出てくる。
1人は、暗闇で目立たない様に黒いローブを身に着け、フードを目深にかぶり、兵士に魔法をかけて眠らせたバーン。
もう1人は、もし兵士が眠らなかったらそのまま突撃しようと身構えていた1頭のオーク、サムだった。
その姿を見て、3人の少女たちはお互いの顔を見合わせ、嬉しそうに笑顔になる。
檻に取り付けられていた鍵は頑丈なものだったが、しかし、バーンの魔法で、かちゃり、と音を立てながら簡単に解除されてしまった。
「すみません、遅くなりました」
バーンはそう謝りながら檻の中へと入り込み、魔法を使って少女たちの手枷を外していく。
「それで、リーンは!? 妹は、どこにっ!? 」
「フォリーに連れていかれたわ。……従わなければ、私たちを傷つけるってフォリーに脅されてね」
その場に姿の無いリーンのことを心配して血相を変えながら訪ねたバーンにティアがそう答えると、バーンは不安そうな表情を見せる。
リーンのことが、心配で仕方がないのだろう。
そんなバーンに向かって、サムは、兵士から奪い取った剣を一番剣の腕が立つラーミナに渡しながら、にやりと笑みを浮かべた。
「なら、さっさと助けに行こうぜ。そしたら、全員で脱出だ」




