6-15「陰謀」
6-15「陰謀」
魔法学院の地下に「実験動物」として囚われてしまったティア、ラーミナ、ルナの3人は、フォリーの魔法を解かれたものの、逃げ出すこともできずに檻の中で座っていることしかできなかった。
リーンの姿は、ない。
フォリーによって、どこかへと連れ去られてしまったのだ。
それは、あまりにも悔しい時間だった。
自分たちは手も足も出せない上に、大切な友達を助けに行くこともできないのだ。
そして、このままでは、自分たちも恐ろしい目に遭わされる。
フォリーによって魔法をかけられ、おそらくは様々な魔法薬によって薬づけにされ、自分自身の意志を奪われる。
その後、ティアはイプルゴスの描いた筋書き通りの証言を公衆の眼前で行い、磔にされ、火あぶりにされる。
ラーミナとルナは、フォリーの実験に利用され、おそらくはもう、二度と日の光を浴びることは無いだろう。
暗く、ジメジメとした地下で、フォリーによる狂気の実験が行われ、自分たちはその「実験動物」とされてしまうのだ。
それなのに、何もできない。
何とか手枷を外せれば魔法を使えるようになり、危機を脱する方法も生まれるかもしれなかったが、鋼鉄製の手枷は少女たちにとってはあまりにも頑丈過ぎた。
少女たちはまだ諦めたわけでは無かったが、限りなく暗い未来を想像し、無言のまま檻の中にうずくまっていることしかできなかった。
そんな少女たちの姿を、マールムがニヤニヤとしながら眺めている。
それは、不愉快で、不快な視線だった。
だが、少女たちは何も言うこともできず、黙っていることしかできなかった。
自分たちの力では、結局、何もできない。
この檻から脱出することもできないし、目の前の魔物に勝つことも到底、できはしない。
少女たちは、自分の未熟さを思い知るしかなかった。
やがて、そんな少女たちの耳に、数人の人間が階段を下りてくる足音が聞こえてくる。
それは、どんどんこちらへと近づいてきている様だった。
「ほぅ、これは、これは。これより人間の世界を統べることとなる、イプルゴス殿ではございませんか。この様なところまで、よくおいでに」
やがて少女たちの前に姿を現した人物に向かって、マールムは恭しい態度を装って一礼して見せた。
「イプルゴス、あなた! まさか、魔物と手を組もうっていうの!? 」
フォリーだけでなく、イプルゴスとも知った仲であるらしいマールムの態度に、ティアが驚きで双眸を見開いた。
「ふむ。どうやらまだ、口がきけるようだな」
高価そうな甲冑に、皇帝にしか身に着けることを許されないはずの豪華なマントを身に着けたイプルゴスは、ティアの言葉に勝ち誇った様な笑みを浮かべる。
「別に、魔物と手を組んだわけではないさ。少々、取引をしただけだよ、お嬢さん」
「取引ですって? 」
「ああ。我がサクリス帝国は、諸王国と魔王軍との戦争に介入しない。その代わり、魔族はサクリス帝国に対して攻撃を行わない。……いい取引だと思わないかね? 」
「まこと、まこと、イプルゴス殿の先見の明、魔王軍四天王マールム、感服するばかり」
マールムはイプルゴスの言葉に笑みを深め、再び恭しい態度を作って一礼した。
そんなマールムの様子を見て、それからイプルゴスの方へ視線を戻し、ティアは精一杯強がった笑みを見せる。
「はっ! あなた、帝国宰相だ、次期皇帝だのと言われていたみたいだけど、思ったよりもおバカさんなのね? 魔族が人間との約束を守るとでも思ってるの? そいつ、ウルチモ城塞で、魔族に協力することを約束したバンルアン辺境伯を裏切って殺したのよ? 辺境伯の部下も一緒に、最初からそうするつもりだったみたいにね」
ティアが語ったのは全て実際に起こった出来事だったが、イプルゴスは余裕の笑みを崩さなかった。
「あいにくだが、そのバンルアン辺境伯とやらと私とでは、状況がまるで違う。……我が手には、この強大なサクリス帝国があるのだ! 」
イプルゴスは、自信満々だった。
「我が帝国は、動員しようと思えば100万もの軍勢を動員することができる。例え魔物の軍勢がいかに多くとも、これほどの兵力は無いだろう? 故に、魔王軍も我が帝国には手を出せぬ。要は、バランス、均衡だよ」
「貴様は、諸王国は、どうなっても良いというのか? 」
イプルゴスの認識に、そう批判の声をあげたのは、ラーミナだった。
「諸王国が滅びようと、そこに暮らす人々がどうなろうと、帝国さえ安泰であればそれでいい、と? 力の均衡などと言うが、そもそも、魔王ヴェルドゴが復活した今、魔物たちは無尽蔵に湧き出てくる。サクリス帝国がいかに強大であろうと、いつかは逆転されてしまうぞ」
「ふん。そんな、「無限」などというものがあるものか」
イプルゴスは、しかし、ラーミナの主張を鼻で笑い飛ばした。
それから、意地の悪い笑みを浮かべる。
「それにしても、まったく、良いタイミングで現れてくれたものだな、お前たち。……マールム殿から「ニセ勇者だ」と教えられた時には驚いたものだが、しかし、お前たちのおかげで私は帝国を手にすることができる。まったく、感謝してもしきれないくらいだ」
イプルゴスは、こらえることができず、そこで声に出して笑いだした。
「わっはっは! お前たちのおかげで、私は皇帝になり、しかも、テナークスの様な邪魔者どもも一掃することができた! ありがたい、実にありがたい! 」
「あんた……っ! すぐに、後悔することになるわよ! 」
ティアは、イプルゴスが自身の方を振り返らないことをいいことに嘲笑を浮かべているマールムの姿を睨みつけ、次いでイプルゴスに向かって叫んだが、イプルゴスは余裕の笑みを崩さなかった。
「そう元気よく吠えられるのも今の内だよ、お嬢さん。安心しなさい、すぐにフォリー師が、磔にされても、炎で焼かれても、恐怖も痛みも感じない様にしてくれる。私の帝国のためにその身を捧げられることを喜ぶがいい」
言いたいことを言い終えたのか、イプルゴスは護衛の騎士たちを引き連れ、地上へと戻って行った。
その背中を、3人の少女たちは悔しそうに見送り、マールムは愉悦に歪んだ笑みで見送った。




